編集長の毒吐録
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☆2019/11/9更新☆

「眼光紙背に徹する」(古い言い方ですね)ではないですが、新聞を読むことが僕の朝の「行事」です。排泄後、パソコン作業に続いて洗顔を済まし、「ストロー食」にありつき(この時、抹茶リハビリをします)ます。つづいてシャワーを浴び、必要なテレビを視聴した後、連れ合いの肩を借りて家の周りを歩きます(この時、お線香リハビリをします)。この間3時間前後です。

8時30分前後からは、新聞タイムです(無言宣伝の日は違います)。ラジオ音楽をバックグラウンドミュージックにして、新聞を読みます。朝10時から用事(週に2回の外出とPTさんの訓練)があるときはだけ、もう一紙は帰ってきてから読みます。「読む」と表現しましたか、正確に言えば「考えながら読む」です。知らないことの「発見」です。新聞をめくるたびに「新発見」です。「新聞」は「教材」で、「信じる」ものではなく、「知らない事実」を知るグッズです。

僕の家に出入りする若い人の大多数は新聞を読みませんし見向きもしません。もっと言えば、そもそも新聞が自宅にはありませんし、その状態を不便とは感じていません。であるがゆえに、新聞の記事は話題の基礎にはなりません(基礎になるのは、そのときのテレビ画像です)。「新聞派」の僕としては、寂しい限りです。

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