編集長の毒吐録
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☆2020/2/28更新☆

【読書雑記615】『新版 エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(ハンナ・アーレント/著、大久保和郎/訳、みすず書房、4300円+税)。邦訳旧版に手を加えた。著者は、本著で、アウシュヴィッツのナチ将校アイヒマンの「悪」の陳腐さを衝いた。

『エルサレムのアイヒマン』(今までは『イェルサレムのアイヒマン』がタイトルだった)、「不朽の著」ともいうべき本。<まったく思考していないこと、それが彼がある時代の最大の犯罪者の一人になる素因だったのだ>と著者は言う。

1963年、著者は、多くのユダヤ人を絶滅収容所へ送り込んだナチス親衛隊の中佐アドルフ・アイヒマンを裁くエルサレム法廷を傍聴する。それを記事にして「ニューヨーカー」誌に連載したが、まとめたのが本書だ。裁判で明らかにされた、ナチスのユダヤ人への組織的な迫害が詳細に書かれ、ナチスとアイヒマンの罪悪についてのアーレントの考察が示される。アーレントの指摘は、世界に衝撃を与えた。そして、彼女の見解は、世論、とりわけユダヤ社会からの厳しい批判にさらされた。

著者は証言者アイヒマンを観察して、彼は極悪人でもサディストでも、反ユダヤ主義者でもなく、出世欲と虚栄心の強い、思想の無い、悪についての想像力に欠けた、小心で有能な官吏でしかないと考えた。そして、彼の所業を「悪の陳腐さ」と表現した。彼のような大勢の「小物」の官吏が、命令に忠実に、黙々と業務に励むことで、ユダヤ人を絶滅させるという巨悪をつくりだしたこと問題にした。

アイヒマンは、「自分は命令に従ったに過ぎない」と主張したが、著者はナチスの全体主義体制に服従したことは体制を支持したことと同じであり、死刑は妥当であると考えた。組織犯罪は官僚組織によって行われたが、たとえ組織の歯車であっても、携わった人間の罪は免れないと言うのだ。ここに「服従は支持である」との名言が生まれた。

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