編集長の毒吐録
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☆2020/3/12更新☆

井上ひさしの『一週間』(新潮社、1900円+税)について、松山巌が『本を読む』(西田書店、4600円+税)で書評を書いている。

井上ひさし最後の長篇は彼の小説の見事な達成点である。急逝した故人に配慮した評ではない。まずは他の長篇にはない強い緊迫感。/舞台は昭和二十一年四月初めのハバロフスク。主人公小松修吉は山形の小作農に生まれたが、東京外語大と京大に学び、卒業後、左翼の地下活動に入り、機関紙『赤旗(せっき)』に関係。しかし党は弾圧され、小松も刑務所に入り転向。その後満州を転々とし敗戦直前に召集。すぐソ連軍に逮捕されシベリア送り。それがなぜか、日本人捕虜に配布される「日本新聞」編集部へ。

収容所の悲惨な状況は知られる。しかし小松とソ連将校の応答で明らかになるのは、収容所内でも旧日本軍組織は残り、将校は兵卒の食糧の上前をはね、労働を押し付け、背く者を虐殺する事実。日本政府は国際法に無知なため捕虜の正当な権利を主張せず、本土が荒廃したため帰国船も出さず捕虜を棄民し、一方、ソ連は中立条約を廃棄し、開発のため捕虜確保政策をとった・・

本編は小松の一週間を描くが、以上の粗筋でもまだ最初の月曜日。いかに緊迫感のある展開か。しかし井上らしく笑いを忘れない。ユーモアは両国人の言葉やしぐさのズレから生まれる・・国境を越える恋愛。日本語に精通したソ連将校たちが話す方言やベランメイ調の日本語。これらの機知、そして奇想。ソ連の恥部に触れるレーニンの古い手紙を小松が手に入れ、物語は少数民族の弾圧問題を孕(はら)み、彼が捕虜の待遇改善、自らの帰国を要求するなど急展開する。

作者年来のテーマがちりばめられ、集大成の趣もあるが、余韻が響くのは結末。井上作品には珍しくメデタシで終わらない。が、主人公の悲劇は反転する。彼の意思と行動に共鳴する日本人がなお続くはずだと、未来へのメッセージを託し、遺作は井上作品の達成点となった。

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