編集長の毒吐録
<<前のページ

☆2020/10/21更新☆

『人権と部落問題』11月号(部落問題研究所、600円+税)が“いのちの根本を問う―「嘱託殺人」事件が示すこと”と題して、巻頭で拙稿を掲載している。以下はその全文。

やまゆり園事件から4年が経つ直前に、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の人が殺され、医師2人が嘱託殺人の罪で逮捕されました。ALSは人によって病状は違いますが、進行が早く命に関わる病気と言われています。安楽死に賛同する人の根拠は、本人の自己決定と利益です。/しかし、医師2人は10分間だけ滞在し、胃ろうから、バルビツール酸系の物を投与して死にいたらしめたと伝わります。とりわけて、仙台の医師は安楽死を推進したと報道されています。生きるために励ますことが医師としての倫理ではないでしょうか。患者の自己決定に寄り添えたのか、患者の最善の利益にかなうやり方だったのかが問われています。

僕はこの患者とは違いますが、14年前に脳幹梗塞を発症し、胃ろうで生活しています。胃ろうがなければ、僕は確実に死んでいます。胃ろうは「生への希望」であり「生の道具」です、医師は私に生きることを推進しました。 
 
“強き者”と“弱き者”の間には厚くて高い壁があり、簡単に他人は関与できません。病気を患って以降、車いすで生活し、胃ろうのため外食はできません。特に「コロナ社会」は重度障害者の心を理解せず、経済やスムーズな運営に重きを置き、役に立たないことを不要不急と選別します。一過性の問題として扱われるなら、同じことが起こるでしょう。人間とは何かという根本が問われているのではないでしょうか。

ところで、1948年に制定された優生保護法は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止すると押されともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」と第1条で述べています。この法律は、96年に廃止されましたが、<優生思想>に凝り固まったこれがこの国には存在していたのです。残念ながら、国会や政府、国民の多数は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」の規定を是としてきたと言えないでしょうか。<優生思想>は過去の考え方ではないのです。この事件が示しています。井上吉郎(WEBマガジン・福祉広場編集長)

Smart Renewal History by The Room

閉じる

First drafted 1.5.2001 Copy right(c)福祉広場
このホームページの文章・画像の無断転載は固くお断りします。
Site created by HAL PROMOTIN INC