|
<<前のページ
☆2020/11/14更新☆
<きのうを振り返りあしたを見晴るかす20>【ラジオは何を放送したか?】京都市北区衣笠の立命館大学の東門前の小松原(こまつばら)児童公園の南東角に、今は使われなくなったラジオ塔があります。それは一段高い台の上に「鎮座」しているようです。このラジオ塔からは音が聞こえません。遺構と言っていいでしょう。もっと言えば「戦争遺跡」です。塔の正面には「紀元二千六百年記念建設 心身錬成」と書かれた石の銘板がはめ込まれています。文字は消されたのか、風雨に晒されて薄れたのか、今では読みづらくなっています。
塔は紀元2600年(1940〈昭和15〉年)を記念して建設されたと推察されます。日中戦争さなかの1940年、「神武天皇即位2600年」を記念して全国で大々的な祝賀イベントが開催されましたが、その一環として小松原公園でもラジオ塔が設置されたのでしょう。ちなみに、京都御所の建礼門前では紀元二千六百年紀元節奉祝大会(2月11日) 行われました(『京都の近代と天皇 御所をめぐる伝統と革新の都市空間1868〜1952』(伊藤之雄、千倉書房)。
当時、ラジオは強力な宣伝媒体だったのです。ラジオ体操などだけでなく、銃後の戦意高揚を図るための手段として活用されていました。京都市内には今なお7カ所(『京都新聞』)残っていると言います(設置されたときの姿で現存しているのは6カ所)。「戦争遺跡」とも言えるラジオ塔と、「戦争と平和」を「無言」で語りあいました。
Smart Renewal History by The Room
|