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☆2020/12/4更新☆
≪二世茂山千之丞の没後10年(2020年12月4日)に寄せて≫【「伝統」の世界に生きた「革新」の人<全3回>】 没後10年の日に・・
NHKブックスに、糸賀一雄が書いた『福祉の思想』があって、滋賀県の知的障害者施設を狂言師がたずねる記述があります。この施設では、狂言師を招くことに消極的な意見があったといいます。狂言は伝統芸、難しくて、知的障害者は理解できないのではということです。そんな消極的な意見を押して、狂言公演が実現しました。そんなことを千之丞さんに僕が言うと、それにはおじ(茂山忠三郎)と自分が参加したという返事です。そういう記憶もあって、共同作業所の催しに千之丞を引っ張り出すようになりました。
中でも印象深いのは、上京ワークハウス創立20年を記念する狂言会です。会場(京都造形芸術大学の春秋座)があふれかえるような人が、決して安くない(演ずる人の取り分は少ない)入場料を払って参加してくれました。その数800人にも及んだでしょう。演目は、梅原猛作、茂山千之丞演出のスーパー狂言『王様と恐竜』。トットラー王に扮した千作の芸が、さえていました。会場(春秋座)、出演者(茂山一門)、原作者(梅原猛)、ポスター制作者(横尾忠則)、演出家(茂山千之丞)のどれをとっても、超一流の狂言を、障害者施設が主催したことは驚きをもって迎えられました。千之丞の「至芸」でした 。
千之丞は、狂言世界にとどまらないで、違う世界にも手を伸ばしました。演出も手掛けた彼は、外国作品を狂言風にアレンジして、僕らを楽しませてくれましたし、外国に出かけて公演することもありました。狂言風オペラ『モーツアルト魔笛』などはその一端です。
千之丞の舞台は、計算され、理知的なものでした。「狂言は室町時代にできた。現代で言うと吉本のような笑劇だ」とは千之丞の言ですが、笑いも芝居も、笑ってすますわけにいきませんでした。どのようにふるまえば人を納得させることができるか、そのことを考えながら舞台を務めていました。千之丞は、茂山狂言は豆腐のようなものと言っていました。おかずに困ったらお豆腐、京都の知恵です。伝統芸だからと言って孤立してはいけない。独りよがりもいけない。晴れの場でも、そうでない場でも、茂山狂言は存在する。豆腐でもご飯の主役になれるし、わき役も務められる。融通無碍が千之丞狂言の本質でなかったでしょうか。
戦争を嫌い、日本国憲法を愛する。そのような考えを表明することにためらわない、そういう人でした。お願いすることが多かったのですが、分厚く大きいノートを広げて、茂山一門の日程をみながら答える姿が印象に残ります。 ☆ ☆ ☆ ☆ 狂言役者、演出家、オルガナイザー、コーディネーターであった千之丞さんは、森羅万象に興味を示す人でした。伝統世界と現代を結んだように、異質と思われているものを結びつける人でもあったのです。(全3回連載終わり)
Smart Renewal History by The Room
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