編集長の毒吐録
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☆2021/2/18更新☆

20歳の僕は、加藤周一さんが同志社のアーモスト館の狭い部屋に入ってくるのを待っていた。10数人の参加者だったろうか。何を発言したのか記憶にないが、応える加藤さんの鋭い眼光が印象に残っている。1965年4月のことだ。図書館がある啓明館に知り合いが勤めていたこともあって、1990年代の数年、しばしば通った。同志社の構内にあるどちらの建物も、アメリカ合州国に生まれ、日本国で数多くの建築を手懸けたウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880年〜1964)のものだ。

1905年滋賀県立商業学校の英語科教師として来日した彼は、敬虔なるプロテスタントであり、詩人でもあり、建築家でもあり、ヴォーリズ合名会社(近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(メンターム)を普及した実業家でもあった。彼は、滋賀県の近江八幡YMCA会館、大阪府の日本基督教団大阪教会、兵庫県の関西学院、東京都の日本基督教団早稲田教会などの数多くの建物を遺した。「恩人」と言えるだろう。

京都でも建築設計監督事務所を設立し、同志社カレッジソングなども作詞作曲した。御幸町(ごこまち)教会、復活教会、YMCA会館、 京大基督教青年会館、駒井家住宅、下村正太郎邸(大丸ヴィラ)、矢尾政(東華菜館)など、「ヴォーリズ建築」は京都の街を創った(これらの建物のすべてに僕は足を踏みいれた)。京都は、震災や第2次世界大戦の被害も少なく、戦後も大規模な再開発はなかったため、ビル、住宅、商店など、近代の多種多様な建物がそろっている。ヴォーリズ建築を含む近代建築は、古代や中近世の建物とともに、京の景観を創った。

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