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☆2021/2/25更新☆
<吾人は信ず 仮令有識多能なる人物と雖も 若しその心術の正しからざるに於ては 国家を益する甚だ少なきことを 新島襄>と書かれた書を同志社の正門近くの構内でみつけました。近くにはクラーク記念館などがあり、同志社の構内はレンガ色一色でした。京都市内唯一の空間です。
<愛国は名利を射り、私欲を満たし、糊口の道具となすが如き卑賤の者にあらず><大学の目的は 一時の急に応ずる位の事にあらず。また小生等一代の仕事にあらず。累代 志をつぎ 他年 盛大なる大学に至らしむるの目的><隣人に善をなす機会を見つけたなら それを逃さない。明日まで延ばさないで ただちにそれをせよ。なぜなら その機会は二度と返ってこないからである>。新島にはこんな句もあるそうです(同志社編 『新島襄の手紙』、岩波文庫)
近代の京都の僕らは、さまざまな「人」を「資産」として持っています。以下は「私見」ですが、政治家として上がるのは、京都府知事であった蜷川虎三であり、国会議員で学の人でもあった山本宣治でしょう。『貧乏物語』をものにした河上肇は学者であり思想家であり文学者でしたし、西田幾多郎、湯川秀樹は学者として、新しい世界をつくりました。新島譲は信仰の人であり、同志社という「学び舎」を創りました。絵画、ものづくり職人、企業家などの分野にも筆は及びますが、実に近代京都にないのは「軍人」です。
Smart Renewal History by The Room
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