編集長の毒吐録
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☆2019/3/27更新☆

「とーふ」あるいは「とうふ」を漢字で表記するとき、多くの人ないしは多くの場合、「豆腐」と書きます。一般的にはそうです。江戸の時代の料理書の一つも名前は『豆腐百珍』と言います。私見によれば、畦豆(あぜ豆)とも呼ばれた大豆こそが、資本主義勃興期の「原始的蓄積」(難しい言葉ですね)を、緩やか(非暴力的)にした「功績者」ではないかと考えています。

水が張られた田んぼは、畦に囲まれ、稲が育ちますが その畦は収量(石高)には影響しません。農民は、畦に大豆を植え、収穫しました。大豆は様々に加工され、家族の栄養にもなりました。その威力は、明治期の「原始的蓄積過程」で発揮されました。明治期の過酷な「原始的蓄積」を、娘の「身売り」(これはこれで別の深刻な問題を含んでいますが)で乗り切れたのに「あぜ豆」が多大なる貢献をしました。

「豆腐」のうち、「腐」の文字が嫌だったのか、「豆腐」と書かないで、「豆富」と表記する場合もありますし、この店のように、「十冨」と書く場合もあります。匂いがある「納豆」が「豆腐」で、無臭の「豆腐」が「納豆」と呼ばれていたらと妄想する僕です。どちらも、「大豆」を原料とする加工品ですから・・。

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