編集長の毒吐録
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☆2019/3/26更新☆

【読書雑記524】『京都思想逍遥』 (小倉紀蔵、ちくま新書、900円+税)。源氏物語から道元、鈴木大拙、三島由紀夫までをも記述し、昔と今を辿る京都案内と言えようか。歴史都市を歩くとき“たましひ”と響きあう。逍遥が、諸行無常を追体験でき、権力者がつくりあげたものではない歴史が理解できる。
 
京都の町を歩き、ゆかりの著名人を引き合いに出しながら、京都を彷徨う。この本は、京都の町を観光やグルメのガイド書、京都を彷徨する楽しみが増える。著者が京都大学の授業で「悲哀する京都」をテーマとした文献を読みながら、学生と一緒に逍遥した記録の書。

著者は「京都」を「悲哀するひとびとの記憶の集積したまち」ととらえる。そして記憶にはフィクションを含むとも言う。「悲哀する」とは「悲しむことそのものではない。生を、その極限まで生ききることである。その一瞬の極限に、生の絶頂をかがやかすことなのである。そのはかなさを生ききることが、悲哀することなのだ」とも言う。

さらに、「あらゆる土地には、その土地の歴史にまつわるさまざまな知覚像が立ち現われる」と言い、「古典から現代までの文学作品を読みこんで、その日本語の知覚像をよみかえらせながら京都を歩けば、生き生きとした<いのち>と遭遇する可能性は高まる」と考える。

例えば、「七条大橋をわたるとき、源融の栄華と無常感を、わたしのこころのなかに谺させる。そのときわたしのこころはすでにわたしの内部にあるのではなく、まさに時空を超えて先年以上前の六条河原院にあるのだ」。「それが能の世界でいう夢幻である。夢と現実が、こころという場で混淆する。この混淆を、祈りという」。「すべての祈りは、学問に通じていなくてはならない。なぜか・・間違った知識にのっとって祈ることは、間違った世界を構築することになる」。

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