編集長の毒吐録
<<前のページ

☆2019/4/12更新☆

【読書雑記528】徹底検証 神社本庁』 (藤生明、ちくま新書、860円+税)。全国八万の神社を傘下に、日本会議とともに反動運動を引っぱってきた神社本庁を、その内紛から政治運動までを明らかにする。面白い。

戦後設立されたこの組織は、靖国神社国家護持運動、教育基本法改正、夫婦別姓反対などに取り組んできた。その中で起きた、富岡八幡宮惨殺事件、「不正取引」疑惑、有名神社離脱などの背景にあるものを明らかにする。改憲運動を進める神政連、日本会議との関係を、神社本庁の起源から現在までを描く。

GHQは、神社は宗教としてのみ存続可能と考えていると知った神社界から、「神社教」案が出たことがある。この「神社教」案の下敷きは、仏教教団の管長制の組織を教科書にし、教義決定権のほか、宮司の任免権は管長がもつというものだった。この案に真っ向から反対したのが葦津たちだった。「神社界はいま危機に直面しているのであって、職業的神職の官僚主義を一掃しなければならないのに、神社教案はこの方針に逆行し、宗団の中枢部を私有独占しようとするものであり、神社永遠の将来のために、断じて反対せざるをえない」と理由を挙げている。

著者は、「神社教」案批判の根底にある葦津の基本戦略に気づかされる。島薗進の『国家神道と日本人』(岩波新書)によってだ。<葦津らは、国家神道を狭く解釈し、皇室祭祀が戦前の日本社会に大きな影響力を及ぼしたことには触れようとしない。「そこには皇室祭祀・皇室神直を宗教、神道としては捉えないという断固たる戦略が見て取れる」というのである。>

<皇室祭祀・皇室神道がもし「宗教」であれぱ、戦後の新憲法が政教分離を原則とする以上、その制約下に置かれることになる。ところが、皇室の祭祀・神道が「宗教」でないとすれば、国民全体を包み込む公的制度としての意義をもちうることになるだろう>。葦津が引いた路線は今も踏襲されていると著者はいう。

Smart Renewal History by The Room

閉じる

First drafted 1.5.2001 Copy right(c)福祉広場
このホームページの文章・画像の無断転載は固くお断りします。
Site created by HAL PROMOTIN INC