編集長の毒吐録
<<前のページ

☆2019/4/19更新☆

【読書雑記530】『NO NUKES ビキニの海は忘れない』(岡本圭佐、NO NUKES(核はいらない)プロジェト、 2000円+税) 。戦後史で忘れてならないものの一つに、ビキニ水爆実験(1954年)があるだろう。アメリカの蛮行は日本のマグロ船1000隻、乗組員1万数千人に死の灰を浴びせた。

しかし、その被害は「第五福竜丸事件」として歪少化された。操業の中心であった高知県のマグロ漁船員たちの存在は日米の政治決着によって「無かった」ことにされた。関係者の運動があって、事件から60年後の2014年、日本政府はようやく公に核被災を認めた。

この写真集『NO NUKES』は、漁船員たちが、死の灰を「雪だ」と丸めて食べたという事実を明らかにし、若くしてがんの病魔に倒れた漁船員に思いを馳せ、苦悩に満ちた表情を追う。遺族は「なぜあの時に・・」という怒りを抑え、無念の思いを語る。本著には50人の証言を日本文に英文を併記し、「核なき世界の平和」を願い、ビキニ事件の実相を初めて世界に届る。

歴史から消されたビキニ事件が、再び注目されることになったのは1985年。「足もとから平和と青春を見つめよう」をテーマに活動する高知県の幡多高校生ゼミナールが、地域調査をしたことが契機だった。その中で、学生たちは長崎で被爆し、その後ビキニで被災して入水自死した二重被爆者の藤井節弥さんの存在を知ることになる。学生と教師は、ビキニ事件の被災船が第五福竜丸だけではなかった事実に驚き、県下の各漁村に足を運ぶ。

その結果、多くのマグロ漁船がビキニ環礁海域で被災した事実が明らかになった。これは当時の国会や県議会でも取り上げられるが、日本政府は「資料は残っていない」「1955年の日米交換文書で決着済み」とし、徹底した隠ぺいを継続する。2014年、米国の公文書館で学生が掘り起こした資料が発見され、日本政府はついに公式に資料を開示する。60年間の時を経て、ようやく真実の扉が開かれた。

Smart Renewal History by The Room

閉じる

First drafted 1.5.2001 Copy right(c)福祉広場
このホームページの文章・画像の無断転載は固くお断りします。
Site created by HAL PROMOTIN INC