編集長の毒吐録
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☆2019/5/4更新☆

韓国の監督やシナリオライターなど映画人8人が、わが家にやって来た。彼らは浮島丸事件を題材にしたドキュメンタリー映画を撮るためのロケハンだと言う。映画『エイジアン・ブルー 浮島丸サコン』(堀川弘道/監督、1995年、111分、日本)のプロデューサー・伊藤正昭さんと一緒にお迎えし、懇談した。彼らは何回か映画『エイジアン・ブルー 浮島丸サコン』を観たと言っていた。

1945年(昭和20年)8月24日の夕刻5時過ぎ、舞鶴湾内の佐波賀(さばが)沖300mで、海軍特設艦船「浮島丸」(4730t)が爆発し沈没した。発表では、朝鮮人労働者など549人が犠牲になったとされている。船は、朝鮮に帰る人々を乗せて、8月22日、青森県大湊を出港した。ようやく故郷に帰れると、乗り組んだ人は華やいでいたという。

米軍の命令を受けて、浮島丸は,釜山に向かわないで東舞鶴の港に寄ることになった。そして爆沈した。いやいや連れてこられた日本本土で、鉄道工事などに動員されていた朝鮮人を、故国まで無事に送り届ける義務が日本政府にはあった。

僕はこの映画の製作に携わった。事件から50年の節目の年に、異国で「無念死」した人々の追悼の意も込めて映画はつくられた。戦後日本を、「歴史修正主義」が大手をふるって歩いている。朝鮮の植民地支配と侵略、加害の歴史を直視することは、未来につながる。彼らの努力が報われることを願って握手を交わした。

Smart Renewal History by The Room

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