編集長の毒吐録
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☆2019/5/5更新☆

<こどもの日に>映画『あの日のオルガン』(平松恵美子/監督・脚本、2018年、日本、119分)が描くのは、戦中の「疎開保育園」での、保母(保育士)や園児の姿だ。1944年、戦争末期の東京で警報が鳴り響き、防空壕に避難する中、品川の戸越保育所では園児の安全を確保するため、保母が保育所の疎開を模索していた。ようやく避難先として見つかった埼玉県の荒れ寺で疎開生活を始めた保母と園児は、さまざまな困難に直面する。映画はその困難と保母や園児の向き合う姿を描く。

お寺での生活は難題だらけ、そのことをひとつひとつ乗り越えねばならなかった。風呂はなく、便所も一つだけ、食料も村人から分けてもらわねばならない。多くの村人は、「疎開保育園」は、“消耗班”でしかないと言って歓迎しているわけではなかった。それでも地元の世話役に助けられ、問題を乗り越えていく。

戦争は拡がり続け、「疎開保育園」の園児の父親にも赤紙がくる。そして45年3月10日の東京大空襲。たまたま、仕事のために上京していた一人の保母が、戦火に巻き込まれる。

生き残った彼女は、家族を失い自分もケガをする。ボロボロの状態でお寺の「疎開保育園」に帰ってきた彼女は、園児の家族が亡くなったことを知らせる。子どもに家族の死をどのように伝えるか、保育者は悩む。これに追い打ちをかけるように、園長にも赤紙が届き、「疎開保育園」の運営は行き詰まる。そして「疎開保育園」がある埼玉にも空襲が始まり、8月14日には熊谷にも空襲が襲い掛かる。

そして戦争が終わる。「疎開保育園」の園児たちは、生き残った親や親族に一人、また一人と引き取られていき、最後の一人が引き取られたとき、張りつめていた緊張の糸が切れ、それまで怒り続けてきた主任保母は号泣する。

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