編集長の毒吐録
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☆2019/6/12更新☆

昨11日の『朝日新聞』の“声”欄に、“胃ろう13年 生の喜びもらう”と題して拙稿が載った。以下はその全文。

2006年8月、僕は脳幹梗塞で倒れた。「死んでしまう!」との連れ合いの叫び声を覚えている。「手術後の何日間かの記憶がない。目を覚ますと点滴の管と導尿管があった。みぞおちには、胃に直接栄養を送り込む胃ろうの造設手術がされていた。

5月25日の週末beは、「延命治療、どこまで望むか決めてる?」と問い、61%の読者が「はい」と答えた。「何をきめている?」の質問に対しては、「胃ろうはしない」が最も多かった。/ここから明らかなのは、胃ろうが延命の道具と捉えられていることだ。しかし、そもそも医療は延命措置なのだ。僕は胃ろうが造設されたからこそ延命ができた。胃ろうは死の準備の道具ではなく、「生の道具」だ。

胃ろう技術で多くの命が助かった。問われているのは命の大切さの理解である。胃ろうを避けようとする人が多いのは、長命を喜べない社会があるからではないか。僕の実感では、胃ろうは生の喜びを13年ももたらしてくれた。

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