編集長の毒吐録
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☆2019/6/29更新☆

展覧会『母 TSUNAGU 未来展〜祖母、母、白井貴子 三世代が奏でる愛のメッセージ〜』(〜7月7日、京都佛立ミュージアム)を観てきた。シング・ソンガ―としての白井貴子は知っていたが、彼女にこのような背景があったのは驚きだった。1908年(明治38)生まれの大阪の祖母の名前は「千代」、家族みんなの着物を縫った。「手仕事」の大切さを伝える品々だった。

60年前の1959年1月19日、彼女を産んだ86歳の母親の名前は「光子」。彼女が幼い頃の服も81年のデビューから「学園祭の女王」と呼ばれるまでのステージ衣装も母親が縫ったのだが、それも展示されていた。「ロックの女王」へと駆け上がる道を飾った母親の手仕事だ。今では母親は、手も足も不自由でもうミシンの前にたてないという。

<一人暮らしだった叔母の遺品を実家に運び込み片付けをする中、ふと部屋の片隅、何の気なしに仕分けたその風景に呆然となりました。お婆ちゃんの針箱、母の針箱、急に主人を失った叔母の針箱。3つの針箱が私に何かを伝えているように見えてしまったからです。何も縫えない私に、この針箱をどうしろというの!捨てるの!?捨てないの!?靴下さえ繕う時間もなく、溜め込んではゴミ箱へ。

そんなことをしてる間に私は還暦を迎え、裸眼で針の穴に糸を通すことさえできなくなってしまいました。前へ進化しているつもりでも、実は「手仕事」と言う素晴らしい力を捨てながら、人は退化していっているのかも知れません。経済競争に明け暮れた、たったこの100年余りの時間でゴミだらけの星になってしまった私達の命のふるさと「地球」。母なる自然と共に歩むことのできる心豊かな未来を再び>と白井は言う。

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