編集長の毒吐録
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☆2019/8/14更新☆

【読書雑記561】『夜明け前、上下各冊、合計4冊』(島崎藤村、岩波書店、3390円+税)。第一部は黒船来航から大政奉還まで、第二部は兵庫開港と外国使節の天皇謁見から後の時代が舞台。徳川治世下末期から天皇制政府の初めまでの30数年を、谷深い木曽路に焦点を当てて描く近代日本の変化を描いた作品。主役は馬籠宿の青山半蔵(藤村の父がモデルと言われている)、国学を自分のものとした彼は、「夜明け前」に挑む。しかしなから、彼の苦闘と望みは裏切られ、新しく生まれた政権は「脱亜入欧」の道を歩む。半蔵は発狂、座敷牢で生涯を終える。

40数年ぶりに再読した本書だったが、以前の読書の薄っぺらさを思い知った。しかしながら、この書がわが国の小説世界に聳えたつ存在であるという評価は変わらない。豊かな、たおやかなる人生に、良質な読書は欠かせない。「木曾路はすべて山の中である。」という出だしで始まる歴史小説。この出だしは、風光明媚なあるいはのどかな山間の風景を描写したものではない。木曾の人々の生活には山が必要不可欠であるという事実を訴えた文章というべきだろう。

半蔵は、馬籠の駅長として木曾を通る参勤交代の諸大名、水戸の御茶壺、公儀の御鷹方、日光への例幣使、大坂の奉行などの通行、休憩、宿泊に心を配り、助郷の手配に追われる。幕末に黒船が来て諸大名が国防に駆り出され、長州征伐、朝廷の意向による攘夷など武家が慌ただしく木曾路を移動するたびに、助郷制度により人足が駆り出され、村は疲弊していく。そうした中で、半蔵は幕藩体制が時代にそぐわなくなっていることを痛感する。

なぜ明治は「維新」なのか、なぜ王政「復古」なのかが、本居宣長を始めとする国学、神道思想を絡めて説明、展開される。「王政の古(いにしえ)に復することは・・ 神武の創業にまでかえっていくことであらねばならない」「武家以前の世にまで復古することでなければならない」

王政復古の大号令が発せられ、新政府の最高職に神祇官が設けられ、神道を基にした新政府体制の発足に、国学に傾倒していた半蔵は狂喜乱舞の思いだったが、その「神祇官」職も世界の流れに追いつくためにいつの間にか廃止され、文部省の一機関になっていく。また明治政府のあまりにも現実を知らない政策に徳川時代よりも木曾は疲弊していく。

木曾の五木<檜木(ひのき)、椹(さわら)、明日檜(あすひ)、高野槙(こうやまき)、鼠子(ねずこ)>以外の雑木は徳川時代の切り出して売買して良いという許可も「枝一本 腕一つ、 木一本 首一つ」として、すべての山は国有とされ、切り出してはいけないとされた。

これでは経済的に木曾の生活は成り立っていかない、事を県知事に陳情しようと画策していると、逆に反乱を画策しているとの疑いで、強制的に隠居させられてしまう。こういう動きの中で
半蔵は発狂してしまう。

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