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☆2019/8/28更新☆
8月初旬、長野市内であった、「守ろう平和・いのち・人権 学び合おう発達保障」をテーマとする全国障害者問題研究会第53回全国大会(記念講演者は無言館の窪島誠一郎だった)に参加し、終了後、上田市にある「無言館」と「俳句弾圧不忘の碑」、美術館の「没後100年 村山槐多展」を訪ねた。
短くも、実り多い夏の旅だった。学び、意見に耳を傾け、異見を交わし、過去に想いをはせ、美しきものを愛でる。「死んでる暇なし」の道行きではあった。介助者であり、人生の「同行者」でもある連れ合いがいてこそこの旅は成り立った。
京都にある立命館大学国際平和ミュージアムの2階に「無言館/京都いのちの画室」があることもあって、「無言館」を訪ねたいとは積年の思いだった。この9月23日の生誕100年を迎える金子兜太が呼びかけ人の1人であることもあって「俳句弾圧不忘の碑」を観たいと思った。美術館でやっていた『没後100年 村山槐多展』では、これまで観たことのない槐多作品に会いたいと思ってきた。
長野で見聞きしたことを、美術館の売店で買い求めた『鼎と槐多 わが生命の焔 信濃の天(そら)にとどけ』(窪島誠一郎、信濃毎日新聞社)を読むことで「総括」しようと考えた。
長野から京都までの新案線旅(上田→東京→京都)の友は、美術館で買い求めた『鼎と槐多 わが生命の焔 信濃の天(そら)にとどけ』の読書だった。槐多という若くして逝ってしまった天才が、いかなる人生を刻んだのか、槐多、鼎、窪島という表現者をひきつける長野の魅力に、想いは広がった。
信州の魅力にはまった先輩の事績に考えを巡らせながら、本を読んだ。京都に着いたとき、自分が成長したように感じた。僕の夏だった。
Smart Renewal History by The Room
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