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☆2019/9/20更新☆
<1875年9月20日、日本軍は江華島事件と呼ばれる事件を引き起こした。144年前の今日のことだ> 【冊子『もう一つの明治維新150年』(井上吉郎、ウインかもがわ)から】
APDF(アジア太平洋障害フォーラム)の会議が韓国・インチョン(仁川)で開かれたのを機会に、江華島事件(こうかとうじけん、カンファンドサコン)の現場に行った。インチョンの東に首都・ソウルがあり、北側に江華島がある。分かりやすく言えば、正三角形の頂点に江華島はある。帝国日本のアジア侵略のスタート台となったのが江華島事件だ。
朝鮮を日本の植民地にする上でも、この事件はエポックを成している。江華島は首都の「入口」ともいうべき場所にある島だ。1875年(明治8年)、日本の軍艦・雲揚などが水を求めて(日本の言い分)、「日章旗」を掲げて、島に近付いた。船からおろしたカッターに乗り、島をさかのぼって首都に近づいた。
このカッターに、朝鮮側の砲台から球が飛んできて(空砲だったという証言もある)、戦闘状態になったという。首都防衛の砲台があることを承知の上で、軍が川をさかのぼり、首都に近づく。明らかな挑発行為だ。
川のすぐそこに首都がある。都を流れる漢口(ハンガン)に通じている。「脱亜入欧」「富国強兵」の道を日本は選んだ。欧米帝国主義との「不平等条約」を撤廃して、アジアの一員としての道を日本は選ばなかった。その第1歩が「江華島事件」だった。
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