編集長の毒吐録
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☆2020/12/6更新☆

【『「連れ合い」と「相方」―「介助される側」と「介助する側」』(井上吉郎・池添素、ウインかもがわ<〒602-8119 京都市上京区出水通堀川西入亀屋町 321 TEL075-432-3455  FAX075-882-8053 メール saito@win-k.co.jp>、1200円+税)普及の記⓭】 本を読んでの感想です。

<池添先生のところは、文中の様々なエピソードや思いも臨場感とともに拝読しました。なかでも、最後の「いのちの勘違い」と「支援(ケア)すること」の2編が特に印象に残りました。私もあまり十分にできているとは言えませんが、自分の弱さや至らなかった過去を表現することは、職員に対してもしていることがあります。


その意味で、先生が誠実に過去の思いを記されていることに安堵の思いのような、自分もそうしたことを改めてしていきたいと思いました。もちろん、そうしたことだけでなく、きちんと上を向いて質の高い実線を目指していくこと、それが一人ではなしえないことも、これは「実感」してきたと思います。今は人の力を頼ることを、若い頃よりずっと大切にするようになったと思います。(できなくなってきたということもあります)。それでもつい「自分でしてしまう」ところがあるので、これはもう少し修業が必要かと思っています。そして、最後の章で、「支援する人に読んでほしい」とおっしゃっておられたことが、思い起こされました。自分はこうしたことに思いを至らすことができていたであろうか…改めて「聴く」ことの大切さを教えられたように思います。

<「なおそうとするな、わかろうとせよ」と言うのは簡単ですが、実行するのは本当に難しいです。明日からまた一歩ずつ、という思いです。「いわないほうが良い言葉と「私メッセージ」は意識しておきたいです。「大変ですね」は避けていたと思いますが、「お忙しいですね」は使ってしまっていたように思います>

<父親が数年前に、要介護状態を経て亡くなりました。実家は千葉で月に一度ほどしか帰れませんでした。父の介護はまだできたのですが、母親の思いは本当に聞けませんでした。「悪しき専門家」の「余計な助言」をしてしまって、時にはなぜわからないのかと思ったり、声も荒げてしまったりで、帰りの新幹線の中で「傾聴できない…」とつくづく思ったものです。その当時の介護事業所やケアマネは本当に良くなかったと今でも思っていますが(そのことでぶつかりました)。それでも母にとっては(もちろん私にとっても)大切な存在だったと思います。診療所さんには、直接会えなかったものの本当によくしていただきました。罪滅ぼし?で父が亡くなってからも月に1回ほどは続けて顔を出すようにしていたのですが、コロナで遠のいています。先生の新幹線のお話を聞いて、ちょっと心が揺らいだのですが、何分高齢なもので、もう少し辛抱かなと思っております>

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