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☆2020/12/27更新☆
五日市憲法と秩父事件 自由民権期から学ぶ【全6回のうち第1回】 1 自由民権運動とは?
「自由民権運動とは」と問われた時、僕は次のように答えます。それは、日本の近代化への時期(幕末・維新期。1870年代から80年代にかけての時期です)に、内では立憲制国家の建設、外に対しては主権国家としての独立国家の建設をめざしてすすめられた国民運動であると・・。言いかえるとそれは、「徳川政府」から「天皇政府」に権力が変わる時期の人びとの苦闘をあらわしたもので、近代日本に金字塔のように輝く大衆運動だったと思うのです。「市民と野党の共闘」が緊急の課題になっている現在、その経験から学ぶことは少なくありません。
自由民権運動は、5つのことをめざした運動だったと僕は考えています。第1は憲法の制定=自由・人権など国民の諸権利の保障の課題で、それは「大日本帝国憲法」の発布(89年)となりました。第2は国会の開設=国民の政治参加の実現です。それは、90年の第1回総選挙になりました。第3は地方自治の確立=中央集権・官僚統制の否定です。第4は地租の軽減=国民生活の擁護です。第5は条約改正=主権国家の確立で、これは維新前の不平等条約の解消に結びつきました。
別の言葉で言えば、その運動は、立憲制国家の樹立というすぐれて政治的な課題の達成を目標にした取り組みでした。この運動を体験することで、「明治国家」は、近代国家になれたのではないでしょうか。別の言葉で言えば、自由民権運動は国家構想をめぐる、「天皇制権力」と民衆の戦いでした。
自由民権期を振り返りみる時、「五日市憲法」と言われる憲法案の確認、「秩父事件」と呼ばれる人々のたたかいの振り返りを避けられません。そしてその作業は、今とこれからの日本を考える時、有益だと思うのです。 (「2 五日市憲法はどういうものだったか?」に続く)
Smart Renewal History by The Room
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