編集長の毒吐録
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☆2021/1/21更新☆

これまで何回も金閣寺(鹿苑寺)に足を運びましたが、こんなことは初めてのことです。「独占男の時間」ではありませんが、広い境内にいるのは僕ら2人だけでした。これまでは、人の声がうるさい位で、人をかきわけて「金閣」を拝んでいました。今回は、時間をかけてお庭を眺め、光り輝く「金閣」を立ち止まりながら、3方向(南、東、北)から拝むことが出来ました。

言うまでもなく、「金閣寺」は正式名称を鹿苑寺といい、相国寺(しょうこくじ、京都御所の北)の塔頭寺院の一つであり、舎利殿「金閣」が有名で一般的に金閣寺と呼ばれます。鎌倉時代の公卿・西園寺公経の別荘を足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。お庭や建物は極楽浄土をこの世にあらわしたそうです。義満の死後、遺言によりお寺となり、夢窓国師を開山とし、義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。

屋根の葺き替え工事が12月に終わりましたので、「ニュー金閣」に会うことが出来ました。三島由紀夫の「金閣寺」、水上勉の「金閣炎上」に触れるまでもなく、確かに「金閣」は美しい、優美な姿をしていました。周囲のお庭の緑、南側に広がる池、それに雲ひとつない青空・・思わず息をのみ言葉を失うような時間でした。

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