編集長の毒吐録
<<前のページ

☆2021/3/9更新☆

≪東北地方の大災害から10年≫ <読書新世>特別編・・・・・・

正視することがためらわれるような「惨事」を、地震と津波が引き起こしている。あれから10年、苦難は今も続いている。原子力被害が列島を覆い、収まる気配を見せない。それどころか、放射能被害は波紋をえがくように、新しい問題を次から次へと生みだしている。

『官邸の100時間―検証 福島原発事故』(木村英昭、岩波書店、1800円+税)は、事故後5日間ほどの首相官邸の動きを追った作品だ。著者は朝日新聞の記者でもあるが、関係者へのインタビューを重ねて、起こったことに迫ろうという意欲があふれている。東電の首脳部や官僚、政治家への「断罪」がない分、「スーとしない」という気分は残るが、わが国最高の権力機関で、あの時に起こったことが少しだけわかってくる。

事故後、彼らは電源の喪失に直面する。「電気」を生みだす発電所に電源がない。電源がないと核燃料が冷やせない。電源喪失の危険性を指摘していた人もいたのに、その決定的な重要性に思いが及ばなかった。核燃料棒を冷却するために、大量の水が必要だ。海べりに原発はあるのに水が手に入らない。海水を使用するということは、事故にあった原発を「廃炉」にすることと同じだ。原発の「廃炉」は東電の資産目減りにつながるがゆえに、おいそれとは乗れない。

被災者を避難させるタイミング、距離の選定、放射能の拡散状況なども、正確な情報と決断がないまま推移してしまった。総理大臣に事故情報を集中しない官僚組織、事故の当事者たる東京電力の罪が、僕らが知っていることにあわせて語られている。

『「東京電力」研究 排除の系譜』(斎藤貴男、講談社、1900円+税)は1950年代初頭から今日までの、東京電力のトップ2人(木川田一隆と平岩外四)に焦点を当てたもので、例えば労働組合つぶしの歴史が書いてある。著者は東京電力を「排除の系譜」とくくっている。人よりも組織、原発事故にも通底する体質だ。

『核エネルギー言説の戦後史 1945−1960 「被爆の記憶」と「原子力の夢」』(山本昭宏、人文書院、2400円+税)が問題にするのは、ヒロシマ、ナガサキを経験した日本がなぜ「核の平和利用」に乗ったのかということだ。中曽根康弘は1956年の『中国新聞』で、「広島の人は世界に向かってもっとも原子力平和利用を叫ぶ権利がある。・・この業火を新しい文明の火に転換すること・・原子力の問題は未だこのような悲しみや詠嘆詩で扱われてきた」と言ったが、そういう心性が事故につながった。

Smart Renewal History by The Room

閉じる

First drafted 1.5.2001 Copy right(c)福祉広場
このホームページの文章・画像の無断転載は固くお断りします。
Site created by HAL PROMOTIN INC