編集長の毒吐録
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☆2021/3/23更新☆

【『「連れ合い」と「相方」―「介助される側」と「介助する側」』(井上吉郎・池添素、ウインかもがわ<〒602-8119 京都市上京区出水通堀川西入亀屋町 321 TEL075-432-3455  FAX075-882-8053 メール saito@win-k.co.jp>、1200円+税)普及の記⓳を読んでの感想です】

3月21日の週刊新聞『京都民報』は、“「連れ合い」と「相方」―「介助」される側」と「介助する側」”と題した薗部英夫(全国障害者問題研究会副委員長・日本障害者協議会副代表)の書評を掲載しています。そこには、“医療は福祉は何のためにあるんか”の見出しがついています。

 <「ウェブマガジン・福祉広場」編集長の井上吉郎氏と、NPO法人「福祉広場」理事長の池添素さんが『「連れ合い」と「相方」―「介助される側」と「介助する側」』(ウインかもがわ)をこのほど出版しました。二人と親交のある全国障害者問題研究会副委員長で日本障害者協議会副代表の薗部英夫さんにお書評を寄稿してもらいました>のリードにつづいて本文があります。

<全国に知られる京都人の二人は障害者運動で再会し、入籍・再婚。2006年5月には笑顔が素敵な披露パーティーがあった。その3か月後、「理不尽でどうしょうもないことと出会うのが人生」なのか。61歳を前に吉郎は脳幹梗塞で倒れた。
 救命措置で一命を取りとめた後、気管切開、胃ろう、寝たきり状態で、京都、岡山、大阪の6つの病院での入院は1年を越えた。そんな中、「声が出せなくなる」「先が見通せない」恐怖が重なって吉郎は「自死を図った」。気丈に見えた素は、何をやっても気持ちが通ぜず、ダメ出しばかりで、一人泣きながら病院を後にしていた日々。そして、機能障害は残り、リハビリ、在宅生活が始まった。

 「障害受容」は誰にとっても容易なことではない。生きていることの不自由の数々。大好きだった食事作りも口から食べることもできなくなった。それでも、したたかに「プラス」に生きる。障害を理由に「応益負担」を求める悪法・障害者自立支援法違憲訴訟の原告となって、「和解」をかちとり、多くの当事者を励ました。13年冬からは秘密保護法に反対する「無言宣伝」を北野白梅町駅前で続ける。流暢だったスピーチは言語障害が邪魔をする。でも「微力かもしれないが無力ではない」。75歳になった吉郎は言う。

 素は書く。「臆病な私はいつも最悪のことを考え、覚悟して毎日を過ごしている」「自己責任でなく、専門家が適切な支援の手を差し伸べてくれる環境」が「ヒューマニズムにあふれる民主主義社会ではないか」。

 本書には、「知って欲しい」「困りごとは自分だけじゃない」ことが本音で記録されている。「介助される側」と「介助する側」、ときとしてシンクロすることもある。福祉は、医療は、何のために、誰のためにあるのか。「自助」「自己責任」が強要される今日、たくさんの人の力を集めて営む生活は愛おしく、二人と同時代を生きていることが嬉しい>。

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