編集長の毒吐録
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☆2021/4/11更新☆

時計塔がある立命館大学衣笠キャンパスの存心館1階のピロティーに、民法学者・末川博(1892年〜1977)の「法の理念は正義であり 法の目的は平和である だが 法の実践は 社会悪と たたかう 闘争である 末川博」と書かれた銘板が掲げられています。この銘板は、法学部創立80周年を記念して設置されました。

1933年の京都帝国大学法学部教授の滝川幸辰の考えを問題にした権力は、滝川を辞任に追いやりました(滝川事件あるいは京大事件)。戦後の立命館大学の基礎を創った末川博もこの事件に抗議して辞任しました。奇しき縁ですが、実は、菅総理の、日本学術会議への自主性を奪う介入事件の被害者6人の1人に、立命館大学の松宮孝明教授が含まれています。この事件は日本の民主主義に関わる大事件です。

当局に辞表を提出した教官6人(末川博も含む)は免官になりましたが、末川は「この事件は瀧川個人に加えられた弾圧ではなく、日本の学問の自由と大学自治に加えられた弾圧だったから京大事件と呼ぶべきだ」と言っています。東京帝国大学法学部教授として天皇機関説を講じた美濃部達吉(1873年〜1948)は、35年、貴族院議員を辞職せざるを得ませんでしたが、この2つの事件の後、ファシズム国家として戦争にのめり込みました。忘れてはならない歴史です。

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