編集長の毒吐録
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☆2021/5/7更新☆

【読書雑記735】『百姓一揆』(若尾政希、岩波新書、820円+税)。本書は“百姓一揆”というタイトルを持っているが、本書は“百姓一揆”の概説書ではなく、百姓一揆研究を通じて近世を考える本になっている。ここで主張されるのは、人々は読書などを通じて思想形成あるいは自己形成したというものだ。「反体制運動ではなかった」とか「竹槍や蓆旗は使われなかった」など、百姓一揆の歴史像は研究の進むことによって大きく変わり深まった。百姓は、訴訟や一揆を通して粘り強く自己主張するようになったが、どうしてそんなことが出来るようになったのか。各地に残る「一揆物語」を探り、そこに織りこまれた「思想」から近世を考える。好著。

“百姓一揆”という呼称。これは後世の人がそう呼んだだけで、島原・天草一揆を最後に「一揆」という語は使われないのだと言う。使われたのは「徒党」(百姓が大勢で申し合わせを行う)、「強訴」(徒党の上で陣屋などに押しかけて訴願を行う)、「逃散」(申し合わせを行った上で村を立ち退く)などの語で、それは竹槍を手に突進するという一般的に流布された一揆像とは違う。<むき出しの強権を振るう権力者と、搾取され抑圧にあえぐ民衆。鬱屈した民衆の憤懣が積み重なって百姓一揆が勃発。一揆は、革命を希求した階級闘争だと位置づけられてきた>と著者は言う。

 60年代〜70年代には<領主階級を打倒しようとした「階級闘争」としての百姓一揆像>が一般的だった。しかしながら一揆像は70年代半ばに姿を変え、現在では仁政(民衆に思いやりのある政治)との関係が重視されている。領主は仁政を施し、百姓は年貢を納め、なんらかの事情で生存が妨げられたときは領主に対して訴訟を行い、それでもだめなら徒党や強訴を行う。近世の百姓一揆は、意外なほどに非暴力的で合理的だったという。<日本近世は訴訟社会で、訴状が教材になるほどに、異議申し立てが頻繁に行われていた>という話は、読者の近世の民衆のイメージを変えるだろう。

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