編集長の毒吐録
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☆2019/3/20更新☆

【読書雑記521】『歴史としての東大闘争: ぼくたちが闘ったわけ』 (富田武、ちくま新書、760円+税)。安田講堂事件から半世紀を超えた今、東大闘争とは何だったのか、どういう意味を持っていたのかを。参加者として、さらには歴史家になった著者が、学生運動とその社会的背景を探リ、その意味を問い直す著。

ノンセクト・ラディカルは当時どう考え、そして闘争後、どのようにして「新しい社会運動」へと移っていったのか。新旧左翼に影響を与えた「スターリン主義的な思想と行動」の負の遺産はどう総括すべきなのか。東大闘争を多角的に見つめなおす試みと言えようか。

1945年生まれの著者は、65年に東大に入学し、自治会活動、ベトナム戦反戦運動に参加。フロント派で、統社同に加盟、69年1月9日に検挙された。法学部卒業後、予備校教師、日本共産主義革命党専従を経て東大大学院に在籍、非常勤講師を経て、88年から成蹊大学教員、法学部長として法科大学院設立を推進した。社会運動としての全共闘運動は終わった、というのが読後感。

著者は大学の法学部長時代に、「延々と議論するだけで何も決まらない」と、これまでの教授会のやり方に抗し、「強引だ」と噂されながらも、設立に消極的な学内を説得し、法科大学院の設立を達成したと自慢する。歴史の審判は下っており、著者も設計ミスであったと認めているが、真面目な社会人を苦難・散財・徒労への道に誘い込んだ歴史的責任は、どう「総括」するのか。不明確だ。

Smart Renewal History by The Room

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