編集長の毒吐録
<<前のページ

☆2019/4/5更新☆

<近代の京都を創った12人>❹渡辺白泉と『京大俳句』の弾圧

渡辺白泉(わたなべはくせん、1913年〜1969)は東京の俳人。昭和初期の新興俳句運動において無季派の俳人として活動した。1940年の『京大俳句』(33年創刊、40年廃刊。「作風と批判の自由」を標榜した)弾圧事件(治安維持法が使われた。犠牲者15人。新興俳句弾圧事件)に連座、執筆活動停止を命じられた。白泉の句は戦争に向かう社会を突いたがゆえに、戦争遂行勢力に弾圧された。彼も侵略戦争の犠牲者だった。

白壁の穴より薔薇のを國を覗く(処女作)
街燈は夜霧にぬれるためにある(21歳)
三宅坂黄套わが背より降車(23歳、三宅坂は陸軍省と参謀本部を意味した)
戦場へ手ゆき足ゆき胴ゆけり(25歳)
憲兵の前で滑つて転んぢやつた
戦争が廊下の奥に立ってゐた(26歳)
銃後といふ不思議な町を丘で見た(29歳)
夏の海水兵ひとり紛失す(31歳)
玉音を理解せし者前に出よ(45年)

≪➊四方文吉(しかたぶんきち)と建物疎開❷堀川弘道と「映画の都」❸ヴォーリズと洋風の近代建築≫

Smart Renewal History by The Room

閉じる

First drafted 1.5.2001 Copy right(c)福祉広場
このホームページの文章・画像の無断転載は固くお断りします。
Site created by HAL PROMOTIN INC