編集長の毒吐録
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☆2019/8/25更新☆

8月25日の週刊新聞『京都民報』の「書評」欄に、<『加藤周一 青春ノート 1937−1942』/編・鷲巣力、半田侑子  思想と行動の原点を見る>と題した拙稿が掲載された。以下はその全文。

今年の9月19日は加藤周一の生誕100年にあたる。遺族が立命館大学に遺贈したものを同大学図書館の加藤周一文庫が整理し公開された。加藤が18歳から22歳にかけて(1937年から42年。一高生から東大生まで)書き綴った8冊の大学ノートには、青年時代の思索があり、その後の思想と行動の原点を見出すことができる。本書には、そのノートに残された、小説、詩歌、評論、随想、日記などが収録されている。

戦争がはじまった頃の、青年加藤の思考が辿れる。結論めいたことを言えば、「九条の会」を呼びかけた彼の「原点」を見る思いがした。一貫した人生だった。

解説だと、400字詰原稿用紙に換算すると2000枚に達するという。編者は、「加藤周一が青春時代をどのように生きたか」が「よく表された作品」、「加藤が生きた時代とその時代を生きた人びとがよく記された作品」、「ノートと同様に年代順に配列」すること、「今日の読者のために必要に応じて校註を施すこと」の4点を原則に編集作業されたということだ。

『生きてゐる兵隊』(検閲済のもの)の読後感から石川達三が必ずしも反戦的とは言えないことを指摘し、小林秀雄をかなり意識していることも面白い。また、終生にわたる森鴎外への傾倒ぶりは、この頃には始まっていたこともわかる。
 
強い反戦意識、時代への鋭い批判は、積極的に関わった「九条の会」とも結びつく。また、「美しきもの」への共感は、あの“狂乱”の時代にあって加藤が“理性”を失わなかったことと無関係ではあるまい。

「青春ノート」には、『羊の歌』にはない事柄も含まれ、加藤の青春時代の思索が刻まれている。ノートが整然と書かれているので「だれかにいつか見せようと思って」いたのではという指摘、コンサートに一人で足を運んだ記述からは、加藤の「孤独」「寂しさ」に関した考察、さらに「己が芸術の才至らざるを知った」という詩の一節を取り上げ、加藤自身の創作に対する自己評価なども興味深い。

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