かよこさんの子育て・子離れ録
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☆03/15更新☆

第67回 「一人暮らし、バンザイ!」
 お待たせしました。次男あふるの一人暮らしの近況をお知らせいたします。あちこちから質問や激励の言葉が寄せられています。先日は「あふるバンザイ!」のメールも届きました。それらのほとんどが、母のしめつけから解き放されて自分の道を突き進むあふるはカッコイイ!という内容です。

 我が家の近くで物件を探すわたしを振り切ってあふるは、自分で住む所を選択しました。家はかつて西陣の職人さんたちが住み込みで働いていた織屋さんです。あふるたち下宿人は大きな土蔵で暮らしています。トイレ、台所、浴室は共同。あふるが引越す前には母屋にあふるの作品が飾られていたそうです。

 この下宿兼アトリエ兼サロンの大家さん(住人)はその絵を購入してくれた方のお母さんで、昨年の8月まで海外に住んでいました。今回は嫁ぎ先が荒れるのを見かねて都会にもどり、修復を始めたそうです。ケイタイもパソコンも電話も捨てて「用事がある人は来てください」「行きたいところは歩いて行きます」というお方です。出入りする若者たちには「オカアサン」と呼ばれています。その大家さんが、あふるとの関係は「白山羊さんと黒山羊さん」と言っています。本当にあの歌のような絶妙な組み合わせです。

 すでにあふるの歓迎会をしてくれました。ここには若くて貧しいアーティストやミュージシャンが集い、大家さんが作品展の開催祝いや打ち上げ会を開いています。賑やかなことが大好きなあふるは大喜びです。あふるはわたしに「やっぱりここにして良かったやろ?」と自分の選択を自慢しています。

 あふるが声かけたダンサーがここでプレイバックシアター(即興の劇遊びみたいな)を数回開催しました。先日は沖縄からの参加も含めて15人も泊まり込んだそうです。また、あふるつながりの美術系学生二人もアトリエを借りることになりました。あふるもここに新しい風を送りこんでいるようです。

 3月8日に上京区福祉事務所から連絡が入りました。障害区分が2と認定され、ヘルパー派遣の手続きに進むとのこと。当面は週3回のヘルパー利用で夕食つくりを始めます。いっしょに銭湯に行ってくれるヘルパーさんも募集しています。

 このところ、あふるから「お菓子はぼくひとりで食べていいんか?みんなで食べるんか?今日はシャンプーする日やったか?」などと毎日、電話がかかってきます。先日は大家さんのストーブで服を焦がしました。鼻毛が5、6本のびていました。髭の剃り残しもあります。
 こんなあふるの一人暮らしですが大きな一歩を踏み出したことは確かです。親離れはこんなに楽しくてすばらしいことだったのですね。


(あふるの個展のお知らせ…4月1日~8日西が丘教会にて 
 乙訓郡大山崎町円明寺脇山のキリスト教の教会です。 4月12日からは「大木庵」にて開催)
筆者紹介
渡辺 加代子
1955年、千葉県生まれ。ホームヘルパー。 25、23、19、13歳(2006年12月現在)の4人の子ども母親、上3人は男の子。2005年には長男に孫が誕生。
長男は19歳で結婚、15歳から海外生活が多く、アフリカでサッカーのプロ選手だったこともあり、現在、BMX自転車のプロ競技者。二男あふるさんは、丹波養護学校卒業後京都市内のパン屋で働く。絵描きとしてのデビューは2003年3月。三男は日本将棋連盟のプロ棋士養成所である奨励会の会員。5才のときから保育園に通えなくなり、小中高と不登校。フリースクールにたまに顔を出す。長女は小学校を4日間だけ体験。引きこもりにしては穏やかにすごす。2006年、中学一年生で突然学校に通い始めた。
「三人の子と年1回の海外旅行を楽しむことを目標にしているが、3回しか行けていない」と嘆きつつ、「 三男の暴れがすごかったので、いろんなことが転換してしまった。つらい体験だったけど、やり直しができてよかった。おかしな子ばかりで、まだ子育ての現役を痛感させられる」と屈託なく微笑む不思議な人。
 
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