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『顔とトラウマ』
藤井輝明著
 不充分ながらも身体障害、精神障害、知的障害については国民の関心事となってきている。また、トラウマについても、とくに阪神大震災以後、事故や災害、幼児体験や家庭内暴力について語られてきた。

 こうした中で「顔とトラウマ」というのはたしかに盲点であった。私も、「障害」と「正常」の溝に埋もれていたこの問題にうかつであったことに気づいて本書を手にしてみたのだが、そこで、これまで気づかなかった多くのことを教えられることとなった。

 美醜の程度はあっても、「ふつうの顔」を持つ人は、不特定多数の中にいて注目されることはない。ところが、顔面にあざや外傷をもつ人は、どこにいても他人の目につき、また意識すまいと努力している人の戸惑いを感じながら生活している。そうした顔貌を、「疾患固有の顔貌」あるいは「ユニークフェイス」という。その人たちは、衆人の差別・偏見・蔑視の目にさらされながら、ひとり苦しみと悩みの中で大きな声も上げずに過ごしてきた。

 1999年、当事者たちでつくるセルフヘルプグループ「ユニークフェイス」が誕生した。セルフヘルプグループとは、類似の困難を抱えた当事者や家族が自発的に集い、互いのつらい体験や感情を率直に語り、聴き、情報交換をすることによって困難を分かち合い、助け合い、励まし合って相互の問題を解決し、社会復帰を目指そうと活動するものである。その会員たちによって編まれたのが本書である。

 ここには当事者の生の声を聞くことができる。「道を通るのは歩くより自転車だ」という発言がある。なぜなら、歩いていて人とすれ違うときは、遠く離れたところからずっと人の視線を気にしなければならないからだ。「障害者に比べれば大したことないよ」「手術してきれいにしましょうね」、こんな周囲の人たちのことばがどんなに当事者を傷つけてきたことか。

 そんな経験をもつ人たちが会に参加することによって生き返る。ある人は「共通の悩みをもっているという了解のもとでの集まりなので、素直に心を開いて自分を語ることができる。…こんなに気持ちのいいことなら会員同士だけではもったいない。私の友人とも視線を合わせて心を込めて交わればもっと良い関係を築いていけるのでは、と考えるようになった」と語る。

 また、ある会員は顔にアザをもった子の母親に、「もしも治療をしてもアザがあったことを忘れないで欲しい」といった。「顔にアザがあるということを、マイナスの体験で、恥ずかしいことだと思って欲しくないんです。もし、そう断定されてしまったら、僕の人生は意味がないわけだし、手術で治らなかった人たちの人生は意味がないわけですから」と説明する。

 身体障害では機能障害の程度が認定の基準となり、実際にどのような生活上の困難、社会的な不利があるかを見ようとしてこなかった。この会では、ゆくゆくは、顔に損傷がある人の権利を守るために、見た目の違いで差別することを禁じる法律、条例の整備を求めていきたいと考えている。

 本書には、著者の顔写真も付けてある。会員たちは、実名と顔をさらすことで、これまでとは違ったスタンスで問題に取り組もうとしているのだとその意気込みが伝わってくる。彼等の勇気に感動するとともに、マイノリティの問題の一つとして、また、「ふつう」と「ふつうでない」という二分法でものごとを判断している自分の先入観について、立ち止まって考えてみるべきことを教えてくれる。
『顔とトラウマ』
藤井輝明著
かもがわ出版
本体価格2000円
発行2001年6月



 筆者紹介
若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。
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