『二十世紀から』
加藤周一、鶴見俊輔著
加藤周一、鶴見俊輔という現代を代表する二人の知性の対話で、内容は大きく14のテーマに分けられている。「進歩主義」「戦争」「帝国主義」「社会主義」「ファシズム」「ホロコースト」「南北問題」「大衆文化」「大衆離れの文化」「女性の文化」「科学技術」「宗教」「歴史観」「ジャーナリズム」で、こう並べてみただけでも興味をそそられるものばかりである。
たとえば、「社会主義」では、「抵抗マルクス主義」と「在権マルクス主義」があるというのが面白い。つまり、明治時代よりあった広い意味の「社会主義」がロシア革命の成功によって、ソビエトの指令を守るのがマルクス主義の正道だという「在権マルクス主義」(国家権力を握ったマルクス主義)で固められてしまった。戦前日本のマルクス主義の実態は「抵抗マルクス主義」であるにもかかわらず、思想の形が「在権マルクス主義」になってしまったと、鶴見は言う。これは、権力奪取が近い日程にあるととらえ、正しいテーゼさえもっておけば必ず革命は実現できると考えたことを指しているのだろう。
また、こうも言う。スターリンはユーゴのチトーを助けなかったし、イタリアのトリアッティは早くからスターリンを批判して自力でムッソリーニを倒しナチスに抵抗した。これらは、ロシアの「在権マルクス主義」に屈しなかった例であり、ゆえに、イタリア共産党はカトリックと協力できた。私はロッセリーニ監督の『無防備都市』を思い出す。日本の場合、日本キリスト協会が戦争を容認したから反戦を貫いたのは矢内原忠雄、南原繁などの少数の個人プロテスタントだけになってしまったという。
マルクスの予想に反して革命は先進資本主義国でなかったロシアに起こった。そのため周囲の外敵から守るために工業化を急いだロシアは、労働者に苛酷な労働を押し付けなければならなかった。労働者に芽生える不満を抑えるには警察力を強めるしかなく、だから、女工哀史的な状況が生まれるのは、半分はスターリンの責任だが半分は必然的な問題であったという。
話は次々と発展していくから、詳しく聞きたいといういう望みはかなえられない。しかし、かえって、両知性の吐く警句や名句をヒントに、自ら考えなければならないことに気づかされる。また、多くの引用される作品や人名に戸惑いはあるけれど、そのすぐ後には簡単な注釈がつけられているし、別にこれらを読みとばして自分のわかる範囲で理解するだけでも十分に内容をくみとれる。
このほかにも、二人の知性の語ることの端々には的を射た分析や先見性をいくつもみることができる。ひとつは、「南北問題」で、イスラムがアメリカを敵とする可能性についても書かれている。「中東にあるのは絶望的な未来です。やがてそこからアメリカに対する憎悪が噴出し、それをイスラム教が正義づけるかもしれない」(鶴見)と。アメリカ・テロの起こる2年前の対談だから、このあたりの先見性については驚くばかりである。
もう一つは、ドイツの戦争反省について、「ドイツも国防軍の責任や国民が協力したことは問題にしていないけれども」(加藤)という文句もさりげなくだがある。私が最近知って驚いたことも(「あんな本こんな本」の過去のページ『戦争責任とは何か』を参照)二人にとっては当然のことのようである。
『二十世紀から』
加藤周一、鶴見俊輔著
潮出版社
本体価格1800円
発行2001年9月
筆者紹介
若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。
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