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『穴から穴へ13年 劉連仁と強制連行』 
早乙女勝元著
 あの15年戦争下、アジア諸国へ侵略した帝国主義日本はそこで数々の蛮行を働いた。その事実のどれほどを私たちは具体的に知っているだろうか。

「強制連行事件」として裁判になったこの事件の原告は劉連仁さん、中国山東省の寒村で農業を営む青年であった。突然日本軍傀儡(かいらい)兵により強制連行され、見知らぬ北海道の炭坑(明治鉱業昭和鉱業所)で働かされはじめたのが1944年8月である。このままでは殺されると思い1945年7月脱走を決行、日本の敗戦を知らずに13年間、北海道の雪の山中を「穴から穴へ」の逃亡生活をひとりで続けていた。1958年救出されて帰国、以後家族とともに故郷で暮らした。救出時、戦犯首相岸信介からの慰労金10万円を拒否、1996年には日本政府に「強制連行、強制労働の謝罪と賠償」を要求して東京地裁に提訴、判決を待たずに2000年9月中国で死亡した。享年87歳。

著者は、失業中で赤貧洗うがごとしであった26歳の誕生日に、たまたま新聞記事で「劉連仁さん救出」の記事を目にする。雪の山中13年の苦労とその精神力に思いを馳せ、緩んだ戸の隙間から舞いこんでくる小雪の辛さなんて比較にならないと思った。その出来事がみずからの生きるバネになったと語っている。以後もこの事件に関心をもちつづけ、遂に亡くなる1年前の劉連仁さんに青島(チンタオ)で会うことができた。

本書は「母と子でみる愛と平和の図書館」シリーズの一冊である。子供たちと親がともに読んで感想を語り合おうという出版社の心遣いだろう。親しみやすいように多くの写真や絵が添えられている。劉連仁さんの救出されたときあるいは孫たちと団欒する老年期の写真、また雪に埋もれた逃亡の地や薮の中にたたずむ廃虚となった鉱業所の写真が、一人の人間の取り返せない苦難の日々の憤りを伝えるものとなっている。当人の死により、国が責任を問われることは、法的には免れることができるかもしれない。
しかし、中国人強制連行者は4万人、うち7000人が飢餓、疫病、虐待で死亡したといわれる。こうした事実を知るとき、私たち一人一人はそれぞれの立場で「戦後責任」をとりつづけなければならないだろう。
『穴から穴へ13年 劉連仁と強制連行』
早乙女勝元著
草の根出版会
本体価格2200円
2000年11月発行




 筆者紹介
若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。
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