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「なぜ戦争が防げなかったのか」「戦時下、知識人は何を考えていたのか」は興味深くかつ重要な問題である。この難題に加藤周一氏と凡人会が果敢に挑んだ。
加藤氏の小論「夕陽妄語」(朝日新聞の夕刊に連載)の読書会を開いていた凡人会は、1997年その記録を加藤氏に贈ると、「出席してもよろしい」との返事を得た。
加藤氏の『戦争と知識人』(1959年)を題材に計4回の勉強会を行ない記録したものが本書である。ここでは、原本『戦争と知識人』に加えて加藤氏の追加講義、各会員のレポート(これがなかなかの力作で加藤氏の解説にもなっている)と座談会という構成で、二重三重に楽しめるものとなっている。
加藤氏は「一億総懺悔」というのは、半分はごまかしだとした上で、「だまされていた」「知らされていなかった」という説明は国民の多数には
通用しても知識人には適用しない、もしも何も知らなかったとすれば、知ろうとしなかったのだと考えるほかはないだろうという。
当時の知識人は、一方にファシズムを積極的に支持していた日本浪漫派や京都学派の哲学者があり、片方にファシズムを否定していた永井荷風がいた。その狭間に「ヒトラーを好きになれなかった」高見順がおり、また、国の動向に無関心になり得ないゆえに積極的に協力したことになってしまった中野好夫がいた。
「戦争責任」の程度はさまざまだが、それぞれがあるタイプの典型であり、加藤氏が『日本文学史序説』で著わした日本人の一般的傾向に共通したものがあることが述べられている。
現代において一般人と区別される知識人とは何だろう。
情報過多の時代である現在は、個々人の努力によって誰でもが知識人になりうる時代になってきているのではないだろうか。それだけよけいに、すべての人たちが政治や社会の動向に対して適正な判断のできる知性を磨くことが求められているのだ。
つまり、本書に描かれたそれぞれ人間的な知識人をさらに乗り越えることが可能な時代になっているのだと思う。 |
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『「戦争と知識人」を読む――戦後日本思想の原点』
凡人会・加藤周一 著
青木書店
1999年発行
本体価格 1900円
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筆者紹介 |
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若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。 |
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