あんな本、こんな本
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『ナチスの国の過去と現在 ドイツの鏡に映る日本』
望田幸男 著
著者である望田幸男氏は、本書の最初で、読者と共に考えたいこととして、二つの課題を提起している。

一つは「ワイマル共和国はなぜ短命に終り,なぜナチスが政権を獲得しえたのか。」である。

筆者も、確か、学生時代に、ワイマル憲法は、世界に冠たる先進的な民主主義的憲法であり、ワイマルは、議会制民主主義の手本を実現した共和国であると教えられたことを思い出す。

なぜ、こんなよい制度が短命で終わったのであろうか?ワイマル共和国が誕生したのは1919年で、ナチスが政権についたのは、1933年である。この間、ワイマル共和国は14年しか継続していない。

一つ目の課題を解き明かすために、著者は、歴史を見る場合、遠景からだけでなく、その時代を生きた人々の視点にたって近景からみることを提案している。

ワイマル共和国は、ナチスの政権奪取によって終焉を迎えるが、ナチスは、一貫して暴力的であったのではない。

確かに、ナチスは最初、街頭一揆主義であったが、方針を転換し、「鼻をつまんで、国会の議席を獲得しなければならいない」とした。ゲッペルスは「我々が議員になるのは、ワイマル精神をワイマル精神自身の助けを借りて麻痺させるためである。」とのべている。

1千万票の得票を獲得して、ナチスが政権をとった時代背景には、未曾有の失業者を生み出した経済不況があり、ドイツ国民は民主主義を賛美するより、生活上の閉塞感をもっており、その脱出口としてナチスを合法的に、いわば納得して、支持したのである。

また、ワイマル時代、新憲法を実行する官僚機構や軍隊には、旧帝国の血をひく勢力が温存されており、また、新憲法の最も民主主義的選挙制度を代表する比例代表制度は少数政党の乱立の原因となり、大統領による「非常権限」の乱発があった。

よく見れば、ワイマル民主主義はナチス政権獲得以前に形骸化していたと著者は指摘する。

近景から、アプローチをしたときに、民主主義は「憲法制度」だけでは守れないこと、法制度には、法律の条文とそれと裏腹の現実があることが明らかになってくる。

著者はそれを「憲法現実」という言葉で表現している。

省みて、日本国憲法は条文上はまだ改悪されていないが、ワイマルと同じ形骸化が完了しつつあるのではないかと思い、慄然としてくる指摘である。

護憲派の寄って立つ基盤は崩壊しているのに、まだ、法律の条文がある故に、理由のない安心感が我々にあったのではないか。また、現在もその安心感があるのではないか?

イラクの日本人人質問題にみられる非人道的な小泉内閣の対応は、イラク戦争に反対する民主陣営からみれば、理解しがたい奇妙な動きであり、将来必ず、国民との亀裂を増大させずにはおかないものである。

一方、政府が憲法蹂躙して、無法に自衛隊派遣を強行できる自信の裏には、自由民主党に投票する二千数百万の国民がいる現実がある。人質の責任論が横行する様を考えれば、着々と布石は打たれてきたのである。

正しい憲法や理論があっても、憲法を守る側に、その時代に生きている人々の心情にそった、生活の不安を取り除く、具体的な行動や経済活動、政策の実践が無ければ、「憲法現実」は危ういものとなる。

本書を読んで我々は、「復憲」のための新たな戦略を練りなおすことが求められているのではないかと思った。

二つ目の著者の課題は、「ナチス崩壊後、戦後ドイツはどんな道を歩んでいるのか、そして統一後、どこにむかっているのか」である。

著者は第3章で、戦後ドイツの二つの顔の分析をおこなっている。過去の反省を真摯に行うドイツと、徴兵制の制定や、まさに日本の有事立法先駆けのような非常事態法のあるドイツ、政党法の制定されているドイツは、ドイツの二面性であり、まさに光と影である。 

しかし、戦後ドイツは、アメリカ一辺倒の国是ではなく、「ライン型資本主義」ともいうべき「もう一つの資本主義」の道を歩もうとしている。

これは、日本が模索するべき道ではないかと、著者は読者に問いかけている。内橋克人氏の「もう一つの日本は可能だ」とい思いと共通するものではないかと考えられる。

全編を通じて、世界の国々を比較する場合、当該国の憲法やその他の法律の条文の比較だけに終わることの危険性や、その時代に生きた人々の視点にたって歴史をみることの大切さを、著者は繰り返し語ってくれている。

本書発刊の著者の目的は、「現代政治教養としてのドイツ現代史」の提示である。著者の平明な文章と長年の研究に裏づけられた論証は、読むものに多くの糧を与えてくれる。良質の啓蒙書を読んだ実感が残った。

『ナチスの国の過去と現在 ドイツの鏡に映る日本』
『ナチスの国の過去と現在 ドイツの鏡に映る日本』
望田幸男 著
発行所 新日本出版社
本体価格 2,300円(税別)



 筆者紹介
瀧本正史
京都市内の宝ヶ池近くに居を構える自由人。長年のサラリーマン生活から解き放たれるや、持ち前の遊び心が溢れ出て、写真、渓流釣り、そして読書と興味は広がる。本誌に写真を多く寄せている。つれづれなるままの読書の記録。
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