あんな本、こんな本
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日野原重明著の3冊を読む
1)『いのちの終末をどう生きるか』 発行1987年 春秋社 本体価格1429円

2)『生き方上手』 発行2001年 ユーリーグ株式会社 本体価格1200円

3)『人生百年私の工夫』 発行2002年 幻冬社 本体価格1200円

 90歳の現役医師の人生論に惹かれて、3冊立て続けに読んだ。

 上記2)3)の本はそれぞれ、一般向けに書かれており、つい最近2001年、2002年に出版されたものであるが、その基礎となっているのは、1冊目の1987年に出版された先駆的と思える『いのちの終末をどう生きるか』である。

 22年前の1980年、杉並の医師会での講演で、日野原氏は、「死学」サナトロジー(sanatorogy)について論じ、コンパショネート(compassionate あわれみ深い)な医者になることの大切さについて触れ、ターミナルケアーについて述べている。

 また、ホスピスの紹介は1981年のライフプランニングセンターの講演で行われており、「医学はアートであって単なる科学ではない」というウイリアム・オスラー教授の言葉を紹介し、「患者を一人の人間として扱う」ことの重要性を説いている。1983年の東京神学大学の講演では、疾病(disease)と病気(illness)の違いについて述べ、病気は心理的、精神的、肉体的なものであり、疾患部位、疾病ばかりを研究しがちな医師、医療のあり方に疑問を呈し、治癒(heal)についてもの述べ、死から生を学ぶことを牧師の卵達に呼びかけている。

 1984年の銀座教会での「死から生へ」と題した特別講演では、治療(cure)から看護(care)へとの提言の中で、医学の限界と患者の命の尊厳について述べ、医療機関の側の独善的な延命治療に警鐘をならしている。この章を読んで、筆者は1981年に癌で亡くなった、当時78才の母のことを思った。日野原氏の考えが一般的になっていない当時、選択肢として、病院での手術、延命措置を選んだが、それが、果たして正しかったのかどうか、自分自身を含め、周囲の最善をつくしたという自己満足ではなかったのか、もっと早くこの警鐘を受け止めることができれば、違う選択肢がとれたのではないかという思いにかられた。

 2000年になって発行された2)、3)の著書の内容は、当初の信念を貫きとおして、4000人の患者を看取ったという90歳になった著者の、実践に基づく、わかりやすく、内容の深い人生への提言であり、それは、単なるハウツーではなく、読むものを引きずり込む力をもっている。これが、ヒーリングを求める時代に、若者からも高い評価を得て、ベストセラーになっている理由であると考えられる。

「60歳を老人と呼ぶのは早く、75歳までは、新老人になって、新しい人生を歩むための準備期間にすぎない」という著者の言葉は、50〜60台の人々への人生の応援歌である。大きな欲望を持たず、小さな希望をもって生きていくことの大切さを説かれると、読んでいて筆者も素直に頷いてしまった。

 90歳の現役医師である日野原氏の日常は、平均睡眠時間が4〜5時間で、週1回は徹夜をするという、まさに、超人的なものであり、誰にでもまねの出来るものではないが、出来れば自分もそうありたいと願うのは、人間として自然な望みではないだろうか。

 日野原氏は、学生時代、大病をした経験があり、病人の痛みや悲しみを経験したことが、後の医療活動に大きな糧となっているという。敬虔なクリスチャンである日野原氏の本書中の言葉を、無心論者のである筆者はそのすべてを理解したとは言えないが、精神の深さが感得され、頭の下がる思いがした。

 ただ、日野原氏は著書の中で、医療改悪の現状や、現実の巷にある老々介護等の庶民の悲惨な実体について深く言及はしていない。日本社会は貧富の差が大きく開いていっており、終末の迎え方にも、階層、階級の差が歴然とある。この現実に目を据えて、社会を民主的に変革する運動と融合するとき、日野原氏の人生への提言はより説得力のあるものになるのではないかと思った。

 日野原氏が20年前提唱した成人病にかわる呼び名、「生活習慣病」が、著者の意思とは離れて一人歩きをし、病は本人の責任という理屈になり、健康保険の改悪のために政治的に利用されつつある今、なおさらその思いを深くする。

 また、筆者は医学には全くの素人であるので、日野原理論が民主的医療機関の医学、医療理論とどのような関係にあるのか、また、終末医療の目指す方向性が緊急救命医療とどのような関係になるのかについては、残念ながら論ずることができない。関係諸氏に教えを請いながら、折に触れ本書を再読し、勉強していきたいと思う。
日野原重明著の3冊
『いのちの終末をどう生きるか』
発 行 1987年
発行所 春秋社
本体価格 1429円

『生き方上手』
発 行 2001年
発行所 ユーリーグ株式会社
本体価格 1200円

『人生百年私の工夫』
発 行 2002年
発行所 幻冬社
本体価格 1200円
 
 筆者紹介
瀧本正史
京都市内の宝ヶ池近くに居を構える自由人。長年のサラリーマン生活から解き放たれるや、持ち前の遊び心が溢れ出て、写真、渓流釣り、そして読書と興味は広がる。本誌に写真を多く寄せている。つれづれなるままの読書の記録。
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