あんな本、こんな本
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『1945年のクリスマス』
ベアテ・シロタ・ゴードン著
 2001年3月30日、京都アスニーの演壇に登場したベアテ氏は美しく、堪能な日本語で「私が日本国憲法の第24条等の人権条項草案の原稿を書きました」と聴衆に語りかけた。彼女の口から発せられる歴史的な事実と、日本への熱い思い、内容豊かな各種の国際文化論は、聴衆を魅了した。評者は、当日、彼女のサインをもらってこの本を購入した。

 ベアテ氏は、ピアニストのレオ・シロタ(ロシア国籍のユダヤ人)の娘として、1923年5月、ウィーンで生まれている。「1945年のクリスマス」には、彼女は22才になっていた。本書では、当時22才のベアテ氏が、GHQの民政局スタッフとして、憲法草案の人権条項の作製に携わる経緯が明らかにされている。
 
 参考にされたのは、「ソビエット社会主義共和国憲法」、「ワイマール憲法」を始め、世界各国の憲法であり、女性の権利条項では、アメリカの憲法よりも進んだ条項が作製されている。平和条項をはじめ、戦前の日本にはなかった基本的人権の概念の確立、「臣民」という概念に固執する日本政府の草案に対置される「自然人」としての概念の導入など、改めて示唆される点が多い。
 ベアテ氏は、15才まで日本で育ち、日本女性の社会的無権利の状態をつぶさに観察した経験から、女性解放の詳細な条項を取り入れるべく奮闘した。当時の日本政府の反動性からみれば、民法等の関連法案で規定するには限界がでるとの判断から、詳細な規定を憲法にもり込もうと努力した。 「母性の手当」「恵まれないグループの人々への特別の保護」「児童の、医療、歯科、眼科の治療の無料化」ことなどである。
 これらの提案は、憲法は簡潔であるべきであるという理由で削除されたが、現在の改憲論議と平行して行われている福祉関連法の改悪を見ても、若きベアテ氏の憂慮が現実のものになって来ている点が改めて実感される。
『1945年のクリスマス』
ベアテ・シロタ・ゴードン 著
構成・文 平岡麻紀子
柏書房
1995年10月発行
本体価格 1748円



 筆者紹介
瀧本正史
京都市内の宝ヶ池近くに居を構える自由人。長年のサラリーマン生活から解き放たれるや、持ち前の遊び心が溢れ出て、写真、渓流釣り、そして読書と興味は広がる。本誌に写真を多く寄せている。つれづれなるままの読書の記録。
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