
| 2011/9/11 | 9月11日という日に、私は何か言えるのだろうか、答えはNO、でも一生懸命考えることはできる。「がんばろう日本」ではなく「考えよう日本」にしたい。 10年前の朝、テレビをつけたら衝撃の映像が画面から目に飛び込んできた。半年前の今日は上海空港で足止めを食らっていた。日本に戻りやはりテレビから流れてきた衝撃映像に息をのんだ。 7月に津波の被災地に足を向け、その映像を目に焼き付けてきた。最近出版された『3,11あの日のこと、あの日からのこと』(かもがわ出版)に、石巻の小学校でのその時の様子が語られていて、胸が締め付けられる。 今日は、その時登った日和山からテレビの中継がされている。物理的な距離はあるが、気持ちはそこにある。そして、線量が高いから来るなと言われた福島県。 爆発している原発の映像はテレビから流された。しかし、そこに放射能の映像はなく、見えない恐ろしさを本当は伝えているのだが。原発事故は人間の想像力を試している。 今晩は、あの日からずっとの被災地の被害を映し出したテレビの前で、目に焼き付け、想像力を働かして、そして考えたい。 (いけぞえもと) |