ひゅうまん京都:新着情報履歴

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2011/10/10   またまた日曜日に新幹線が止まった。すぐに動いたようだが東京からの帰りが大丈夫かを気にしながら会議に参加。その会議でびっくりしたのが私の年齢。

  参加者10数人の中で最年長はほかにもいるが、高齢のほう。そして、参加していた全国障害者問題研究会の会議の話題で、何回大会から参加していたかというと、私は5回の京都大会からで、もっとも参加回数が多かった。それは、みんなの知らないことを知っているということ。

  無事に京都着、20代の同じ会議の出席者と一緒に新幹線で帰りながら、彼の「難しくてよくわからないことが多く、いつも会議から帰ったら落ち込むんです」の言葉に「私もそうだった」と昔を思い出す。帰ったら無事な相方とS先生が懇談中。

  10日の体育の日は相方と一緒に「ありがとう上京病院」の催しに出かけた。思い返せば、今から35年ほど前、ケイワン症候群や腰痛の職業病でお世話になったことがある、ということを途中で思い出した。

  目的は、相方が世話になっている訪問看護ステーションつくしの皆さんがブースを出されていてお誘いを受けたから。足湯とハーブテーとマッサージのおもてなし。

  そして特別サービスの手作りおやつが相方のために用意。紅イモとサツマイモを使った手の込んだお菓子。帰ってからトラブルなく完食。上京病院はほぼ60歳の歴史を終えた。

  帰りに近所のイズミヤの5階にある見晴らしの良い喫茶店へ。相方お気に入りの場所。しかし、そこのお客さんの平均年齢の高いこと高いこと。多分平均年齢70代。

  生存権裁判を思い出す。京都の原告の松島松太郎さんは、家でコーヒーを飲むのと喫茶店で飲むコーヒーは違う。一人で飲むのと人いきれのあるところで飲むのとちがう。生活保護の高齢加算を取り上げることは人として文化的に健康的に生きることを奪うと。「たかがコーヒー、されどコーヒー」なのだ。

  まさにそれを実感させてくれる場がこの喫茶店。押し車を押してくる、家族に腕をとってもらいながらの入店、お友達なのか三人でアイスコーヒーを飲むグループ、補聴器が光る。私たちはまだ若い方。

  夜は、20年間のSMOPの軌跡と北京公演を追った番組をみて、この国を代表するにふさわしいクループだと改めて思った。成功はないかもしれないが、成長はあるとの言葉はなかなか。

  30歳の女性の体力が落ちているとの体育の日らしい報道があったが、30歳代のこのグループの力は謙虚でたくましい。

  年齢はかかった時間の総称。どうであれ今がある、わからないことだらけだが。いけぞえもと

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