
| 2012/7/18 | 昨日の17日の午前中、伏見桃山にある児童館で仕事を終わり、山の中から帰るすべもないので、呼んでいただいたタクシーで丹波橋まで、その後は京阪に乗りました。 その日は夕方から次の仕事が入っていたので少し時間の余裕があり、お昼ご飯を食べて帰ろうとあまり深く考えないまま市場京阪で降りて地上に上がるとえらいことになっていました。 河原町通りの北を見ると、なんと鉾の後姿が見えます。たった今、市場川原町を曲がって北上して行ったすぐ後に地上に出てしまったのでした。 祇園祭はもっと早く終わるものと思っていたし、もともと巡行だということも、前日宵山を歩いたにもかかわらず、忘れていました。 京都人として恥ずべきことをしてしまったと、山盛りの人並みを前にして呆然。この近辺ではどこのお店も絶望的と思い、すぐさま地下にもぐり阪急にのって西院へ。 しかし、よく考えると小さい頃に見た記憶がなんとなくあるが、その後は巡行をみたことがないような気がする。 あの混雑に挑戦する意欲がなく、いつも横において京都で生きてきたような気がします。でも勇壮な後姿を見て、来年は挑戦し得t見てもいいかもと思った次第です。 夜に出会った、京都以外のふるさとを持つ若者に祇園祭の由来、特に疫病退治で力を合わせた民衆の祭りであることを熱く語ってしまいました。 その迫力に押されたのか、「絶対今度見に行きます」といわせてしまいました。宵山や宵々山には行くけれど巡行は見たことないという人は意外に多い。 今でも町内で守っているこのお祭りはすごい。この日だけ家のお宝を公開するのも好ましい。「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」というフレーズが浮かんできました。 安心できる地域、安全な社会、人が生きるために当たり前の条件だと思うのですが、それが足元から崩れています。 学校も安全な場所であってほしい、安心して通える場所であってほしい、先生は守ってくれる人であってほしい、友達同士仲良くできる条件がほしい。 どれもNOなのが悲しい現実。だからこそ、目の前の子どもたちや親御さんが安心して通える場を目指したい此れは努力しないとできないことだから。(いけぞえもと) |