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★1月21日★今回は、一昨年の12月に国連で採択された「障害者権利条約」(以下、権利条約)が示している、障害をもつ人々の人権保障の枠組み・構造との関連で、障害者自立支援法(以下、自立支援法)がどのような問題を抱えているのか、考えてみる。●昨年9月28日の閣議で「権利条約」に署名することを決定し、外相が国連本部で署名したという報道を聞いた時に感じた強い違和感は、年が明けた今でも異物のように残っている。人権保障に背を向けた自立支援法を成立させた日本政府が国連でとった行動は、世間の常識からは遠く隔たり、「木の葉が沈み、石が流れる」光景が思い浮かぶほどであった。権利条約の批准に向けて多くの課題があるが、ここでは自立支援法がいかに反福祉的で、権利条約と乖離しているかについて述べてみたい。●自立支援法は、制度的には介護保険制度の発足に始まる社会保障・社会福祉領域の「構造改革」の一翼をなすものである。福祉の市場化・営利化を目的とする「構造改革」の特徴を介護保険制度と自立支援法に即して挙げてみよう。●第1は、措置制度を廃止し、福祉サービスを一般商品の売買と同一視して、事業者と利用者が直接契約するという、諸外国でも類例のない利用契約制度を導入したことである。契約制度は介護保険制度から始まり、障害分野では2003年の支援費制度から導入されたが、当時は「自己決定・自己選択」を可能とする制度と盛んにいわれた。しかし、選択するほどの事業所もなく、トラブルが生じてもそれは契約当事者間の問題として、公的機関が介在しない仕組みとなった。また、利用者の権利を護るシステムが機能不全状況にあることは周知の通りである。●第2は、福祉の営利化であり、福祉事業に営利原則が導入され、福祉市場の主要なアクターとして営利企業が登場した点である。営利企業はきわめて短期間にシェアを拡大し、非営利事業者を圧倒しているが、コムスン問題に見られるよう詐取等の不正行為は後を絶たない。●第3は、費用負担について介護保険制度にみられるように、公費負担を半減し、保険料等の新たな国民負担の増大が行われたことである。自立支援法ではまだ公費負担制度が維持されているが、厚生労働省は介護保険料の徴収範囲を20歳以上に拡大して、障害福祉施策を介護保険制度に吸収する方針を堅持している。つまり、障害福祉分野の基礎構造改革は形成途上にあるのである。●第4は、利用者負担の原則が応能負担から応益負担に変更されるとともに、自立支援法においては、支援費制度では解消された親・きょうだいの扶養義務が、「同一生計の世帯収入」を根拠とするという形で復活したことである。負担増に対する国民の批判に遭遇して、昨年末に発表された与党プロジェクトチーム案では、限りなく応能負担に近づけるとは言いながらも応益負担原則は堅持すると表明する一方、同一生計にある親・きょうだいの扶養義務については撤回する提案をした。●第5には、要介護認定・障害程度区分認定が国の福祉費用を管理統制する手段となっており、その人の障害が環境との間で生じるニーズを捉える尺度になっていない点である。●第6は、福祉なき就労強制ともいうべき「ワークフェア」政策への転換であり、就労誘導のために児童扶養手当の引き下げ、生活保護制度の加算の廃止など福祉カットを強行しているが、低賃金・非正規雇用の是正措置はなく、これで就労「自立」は可能といえるのであろうか。自立支援法もこの流れにあり、就労による経済的自立のみを目標とし、失敗の際のペナルティも設けられ、「再チャレンジ」の機会も乏しい。●障害のある人々の権利保障を考えるとき、一般的な権利保障の規定では権利が守れない場合がある。たとえば、自由な意見表明の権利(自由権)が認められても、手話やコミュニケーション機器の提供(社会権の保障)が行われなければ、視聴覚に障害のある人の意見表明権は実現しないのである。権利条約が成立した理由は、世界人権宣言がすべての人々の権利を規定しているにもかかわらず、障害があるためにその権利が侵害される人々がいる事実に着目したからである。●権利条約の基本的な立場は、@すべての人の基本的人権を保障する、Aその実現のために、障害がある人には特別な手立てを社会が保障する、Bさらに、障害がある人の固有のニーズを満たすための措置をとる、という三層の構造で権利の実現を図ろうというのである。また、障害のある人の平等を実現するためには、あらゆる面で特別な措置が講じられなければならないことから「合理的配慮」の提供を規定し、これが欠けた状態も「障害にもとづいた差別」とみなされるのである。●自立支援法は新自由主義改革の所産であって、その特徴は障害者問題がもつ社会的性格を無視して、福祉サービスの提供と利用を市場での売買関係に移行させるとともに、人間的生活の回復における「公的責任」を問わず、それを「自己責任」と「家族責任」に帰する点にある。また、応益負担とは、上記Aの措置である福祉サービスを受ける権利を「私益」をもたらすものととらえ、「同一商品(サービス)・同一料金」という市場の原則に立って、所得の多寡を顧慮することなく利用者に「平等に」負担を強いる考え方である。●こうした新自由主義の論理では、サービス利用者には上記@の基本的人権のうち商品売買関係における契約上の自由(自由権の一部)しか認められず、Aを保障する福祉サービスを「私益」とみなして社会権を否認するばかりか、その「対価」さえ徴収され、Bで示した障害がある人の個別性の尊重には関心が及ばず、あえて提供を求めるのであれば、高度なパーソナルサービスとして追加料金を請求されることになろう。●自立支援法のよって立つ新自由主義原理は、従来の福祉供給の枠組みを根底から覆し、福祉分野に市場原理を導入した。人権保障を目的とする権利条約を批准するのであれば、自立支援法は部分的手直しでは済まされず、抜本的見直し=廃案が不可避となるゆえんである。(鈴木勉)
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