ひゅうまん京都:新着情報履歴

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2011/7/4 今の時間は七月四日の夜六時。仙台駅から新幹線に乗って東京に向かっています。二泊三日の小さな被災地支援の旅を終えて車上の人になっています。

土曜日には、京都から中津川にいき、障害児を育てるお母さんたちに子育ての話をし、その足で東京へ出て、東北新幹線に乗って仙台へ。

仲間と合流してその日は四人でホテル近くの飲み屋さんへ。復興酒があり、つい美味しいのでいただいてしまいます。よく日曜日は全障研東北ブロック集会で、午前中にお話しさせていただく予定。飲みすぎてはいけない。

仙台市なのはなホーム横のコミュ一ーセンターが会場。全体で150人を超える方が東北各県から集まる。一番目の出番で、大変な事を経験した方の前で何を話そうか、冷や汗もの。全部見透かされているようで怖いと感じながら、もういつも考えている事ええカッコせずに話すだけです。

無事出番を終え、二人お方の話をきき、夕方から懇親会。各県からの参加者の重い話を聞いて、そして共有して、つながりあって、明日への希望を作り出したひととき。

そしてホテルに帰る前に、もう一回復興酒にであって、翌日を迎えました。それは今日の事。午前中は仙台市なのはなホームの療育を見学。今回の旅行は2人の今年採用した青年と一緒に行く事も目的でした。

ぜひ、若者に講演も聞いて欲しかったし、被災地もその目みて欲しかったのです。療育は、いつも自分たちがしている事の広がりを作るために役立ったと思います。

十一時ごろには次の目的地に出かけました。レンタカーを借りて向かったのは石巻。わずか市内から一時間ほどの場所。四十分ほどしたら風景が一変しました。もう言葉がありません。それはそれは津波の威力に無力だった風景が広がっています。


小学校、中学校、高等学校、幼稚園やデイサービスなど、人が集まる場所の建物の姿は、そこにいた声が聞こえそう。一軒家の姿jは、食事を作ったり、テレビの音が聞こえてきそう。

小山となった瓦礫置き場は学校の校庭、なんとも言えない。ここにいる事に恐れながら、そしてこの事を伝える責任も感じながら、それでも、三ヶ月が立ちまだ信号も回復していない道路に、政治の無責任をひしひしと感じる。いけぞえもと

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