ひゅうまん京都:新着情報履歴

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2011/12/12 日曜日に開かれた12回いわて保育のつどいは、予定の参加者より大幅に増え、180名。資料が足りなくて事務局は大慌てだったそうです。被災地の方から、とても良くわかった、悩んでいたことに方向性が見えたなどの感想をいただきましたしました。

若い方が多かったのですが、そこも民間園。そして年配の参加者のと頃は公立園とどこでもわかりやすい構図はここでも。少しでも皆さんの保育の力になれたら嬉しいです。

そのあとは急いで車で2時間ぐらいかけて住田町へ。高橋旅館というところで一泊。近くの居酒屋さんで思いがけず美味しいお刺身や焼き鳥をいただき焼酎も進みます。そのあとは爆睡。

翌日は8時過ぎ出発で隣の陸前高田へ。奇跡の一本松はすくっと立っていました。そしてがれきの山。石巻で見たがれきと違うのは七万本の松なのでしょうか?長い材木が積み重なっていました。煙の出ているがれきの山も。ホースで消しながら重機が動いていました。

そして住宅地だったところは本当に何も無くなっていました。い保育所の先生が、本当に何もないんです、という言葉が胸にしみます。広範囲なのですが明らかに全部街ということがわかり、そしてまだそのままの大型店舗や病院も9ヶ月さらされています。

市役所の庁舎に上がらせていただきました。そのままの散乱した様子はここでも九ヶ月の時間がすぎていました。

そして移転したあとの古い保育園で保育をしている高田保育所へ。その前にもとあった場所に行きましたが門扉と土台だけ。園舎は全く姿なし。ここから津波の音を聞きながら山に逃げたそうです。ここから全く海は見えません。津波の威力はすごかった。

園舎のお下がりをもらっての保育ですが、子供たちはもちろん元気いっぱい。でも園舎は危なそう、所長の心配は尽きません。もしもいる一度地震がきたらと。

そして、温泉をご一緒したもう一つの保育所へ。そこはものすごい高台の保育所。全壊した今泉保育所と統合しています。そして学童保育所にも顔を出して、仮説の市役所の労働組合事務所へ。

すれ違う人に挨拶するWさん、どの人も大切な方をなくされた方々。命からがら逃げて助かった方も。皆さん大きな心の荷物を抱えて仕事をしておられると。

そして大船渡を通って大槌町へ。火災が発生して黒焦げの車が山積みに。建物の水がかぶった様子をみて、10メートルを超える水の塊とはどんなものか、想像力を超えていました。

安渡保育所は統廃合して使わなくなった小学校の教室で保育。堤防のすぐそばだったので、迷うことなく、後ろを振り返ることもなく、この小学校まで走ったそうです。それにしても、やっぱり保育所の建物が早くいるのではと思いました。

そして一路盛岡を目指して、釜石、花巻、遠野を通って無事を東北新幹線の乗客に。案内してくださったWさんは腰が痛い中一日車の運転。しかも、明日もまた大船渡で会議があり、またくるそうです。ここをなん往復もして自治労連としての支援を。

相手のニーズをしっかりと聞き取り、必要な支援をすぐにする姿勢は被災地の労働組合から大きな信頼があります。公立保育所の保育士さんの人数、そして全員のジャンパーやエプロンのサイズをすべて把握しているのはこの人だけでしょう。多くの仲間を失った気持ちが体を動かしているようでした。本当に今日一日ありがとうございました。いけぞえもと






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