
| 2012/8/31 | 8月最後の夜にPCに向かっています。発言しなければいけないことがたくさんあります。とりわけ血液少しでダウン症かどうかが99%分かるという出生前診断についてなど。 もちろん、ダウン症を否定するような検査に賛成はできません。それよりも、命を選別する技術や考え方が恐ろしい限りです。 尊厳死が問題になっている。イロウや人工呼吸器を付けて生きている方たちを「無駄に生きている」と決め付ける考え方にもNOをいいたい。 自分の思うように生きられなくて、死を選ぶ方がいる。反対にイギリスの社会ではそれは認められないが、それも考え方のひとつ。 いいたいのは、自分の意思を表明している人さえ認められない社会はやはり「死」に対して健全であるように思う。 多くは意思が表明できないので命を「無し」にしてしまおうというのは、あまりにも傲慢ではないかと思う。 分からないのであれば、その人の人生を決める資格は無い。であれば、最大の努力をして生きることを保障せねばと考える。 いつから人間社会は人の命の行方が決められると思い上がったのだろうか。分からないのであればもっと謙虚に考えなくてはいけないのではないか。 そんなことを考えていたら津波情報がテレビの画面に。いつ大地震が起こるかも分からないときに、「一番弱い人を間のために何ができるか」が考えられない社会はくるっている。 明日は熊本に行きます。そしてその間に「福祉広場」のホームページが大変身します。 秋の入り口です、新しいホームページヨロシクお願いします。(池添 素) |