
| 2013/1/7 | 何から書けば良いのでしょうか、いろいろありすぎて、こういうのを「迷い箸」ならぬ「迷い筆」とでもいうのでしょうか。こういうときは時間軸で書くのが一番かも。 4日金曜日の朝5時半に出かけ、極寒のソウルへ。どんだけ寒いかは、街中の川が凍ってスケート場に。外を歩くと耳が痛い。零下16度。帽子と手袋が手放せません。 最初に訪問したのは貧困や引きこもりなどの青少年の自立活動を支援するところ。具体的な活動が興味深かった。お弁当作りはいつもは300食だけれど、明日から800食になると。 学校給食は無料、学校が休みの間、貧困家庭の子どもは食事が取れないので、弁当の配達があり、だから数が増えるのだそうです。そういえば、夏休みが終わるとげっそりとやせてくる子どもたちのことが日本でも問題になったことがあった。ここではちゃんと対策が打たれている。 翌日の午前中はインチョンにある精神病院を訪問。なんと街中のビルの中に、しっかりと病棟やデイケアが機能している。「こんな風にできるのか」目からうろこの精神病院の姿。 しかし気になったのは中学生からの入院患者がいて、若い人が多かったこと。この国は自殺者が多いことで日本と争っている国。特に最近では野球選手の自殺があった。将来に希望が持てない若者の自殺と、老後に絶望する50代60代の自殺が多いそうだ。社会問題と医療問題がリンクする場所は街の中。日本ではありえない、そしてそこの院長さんの精神科医は42歳、これもびっくりだった。 個人病院の院長さんだときいて、「お金持ちなのですな?」と質問したら「銀行がお金持ちです」と、なかなかの答えでした。 その後は、APDF代表のぱくさんのインタビュー。道が凍っているので歩くのがたいへん。大学がたくさんある町に、障害者の夜学があり、自立支援センターの事務所もありました。 ぱくさんはそこの先生もしています。1980年代から現在までの韓国でのぱくさんたちの壮絶な闘いの話を聞きました。激しく闘わないと前進しない韓国の厳しい障害者情勢がありました。 バスや電車に乗ることさえママならず、怒りは過激な闘いに発展、その成果はノンステップバスの導入の成果を勝ち取り、地下鉄にはエレベーターが設置されてきています。 しかし、障害者だけでなく、社会的弱者が生き易い地域づくりに問題意識があります。みんなで闘って勝ち取ることを大切にしている哲学を学びました。 彼を闘いに誘った友人二人はすでにこの世にいません。彼らとの約束があり、今回の大統領選挙の結果に落胆していますが、めげているわけには行かないと、私たちと同じ立場でともにがんばることを約束して別れました。今度は京都で再開したいと強く思いました。 この旅行は大学の先生二人、大学院生が6名、そして私と同僚の10名。なんと驚いたことは、全く無自覚でしたが、最年長が私だと・・・ちょっとショックでした。電車に乗るといつも席を譲ってもらっていました、最年長だから。 3日目の朝から3時ごろまではみみっちりとお勉強。協同組合法の施行や社会的企業の現状など、私の知らないことばかりで、「へーへー」と感心ばかり。 少しだけ分かったことは、韓国社会で貧困の解決や就労を作る仕事起しはたいへん緊急の課題であること。そしてそのためにいろいろな手がかりが模索されているということ。学ぶべきこうは多い。 このように全くのお遊び無しの2泊3日の韓国旅行。10月に行った韓国も国際会議一色、われながらよく勉強すると感心しています。 6日の18時15分に飛行機に乗って関空に着いたのは1時間20分後。追い風で早く着くとのこと。あっという間の物理的距離ですが、ハングルは読めず、会話はさっぱり分からない、最も外国らしい国でのひと時でした。 ぱくさんから「闘って前進」のことばをもらって、月曜日は東京の自立支援法訴訟基本合意から3年これからのたたき1.7集会に出かけました。 700名が参議院会館に集まりました。この力で厳しい情勢を切り開きたいと思います。京都では10日に京都テルサで全関西集会が1時から開かれます。 新年から、今年にふさわしい幕開けです。一年元気でがんばりたいものです。(いけぞえもと) |