
| 2013/8/6 | 今日は8月6日、68回目の広島に原爆が投下された日を迎えます。かけがえのない命を犠牲にされた日。そして長く苦しむ人を作った日。 しかしその犠牲がこの国では生かされていないことに毎年心が痛む。わずか68年前のことなのに。 福島の原発事故の収束の目処がたたないどころか、危険な状況が続いている。 沖縄では米軍ヘリが墜落、住宅街からわずか2キロ離れた場所で。そしてその原因や状況について何一つ日本の国も国民も、もちろん一番被害と近いところにいる沖縄の人も知ることができない。 今テレビで要請を受けた消防車さえも入場を拒否されたと伝えている。 「真相の究明と再発防止」を要請しかできない日本政府。この怒りが、憲法を変えて戦争できる強い国を取り戻そうという動きにつながっている。 この動きにアジアの国々は危険なにおいを感じて恐々とされていると思う。 世界で唯一つの被爆国の役割は何か、自分の力ではどうすることもできずに命を落とした人や今苦しんでいる人に対して、あやまちは二度と繰り返さないと、これからどうすれば良いかを考えることにあるのではないかと考える。 最悪のタイミングでのヘリの事故らしい、それにしても、なぜこんなにオスプレイの配備が必要なのか、どうしようとしているのか、いろいろ考えてしまう。 対極にある平和の願いを一つにまとめ、憲法を守り、憲法が人生に生かせる社会を! 京都にはその昔蜷川府政だった頃、京都府庁に『憲法を暮らしに生かそう』の垂れ幕がかかっていた。同じフレーズで、私は人生に生かしたいと考えた。意味はまた今度。もうじき午前8時16分が近づいてくる。(いけぞえもと) |