梅浩先生のボローニャだより
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第5節 ボローニャ子どもの本見本市

〈子どもの本見本市〉

連載第33回で「ボローニャ国際見本市会場、フィエラ」、並びに4月14日〜17日開催の「ボローニャ子どもの本見本市」などを紹介した。

この見本市で開催される「国際絵本原画展」のことも併せてお伝えした。気がつくとその日がやって来ていた。きょうは、ここを見学しての感想を記してみよう。

ここで子どもの本とは、小学生ないしは中学生前期位までを対象にしている見本市のようである。

私が子どもの本そのものに職業的な関わりがあるわけでもないし、自身の子どもも大きくなったので最近は縁が少ない。特段の予備知識もなしにやってきた。1日券20ユーロ(約2,700円)である。高いか、安いか、関心の度合いによって受け止め方も違いがあろう。

4月15日〜18日と1日ずれる形で、「教育と教授法のための思想と教材に関する会議と見本市」も開催されていた。両者は、関連あるが入口も入場料も別である。

会場についてまず目についたのは、案内掲示板に使われ、かつ「国際絵本原画展」の会場となっているメインホールの看板にも書かれている、大きな猫とそれに乗っかる国際色あふれる人たちのイラスト画である。ちょうど、ホールで偶然その作者に出会うことができた。

日本人女性作家、Iku Dekune(出久根 育)さん、東京出身、1969年1月生れとある。もちろん私などはその方がどんな人なのかは存じていない。おそらくセレモニーと本番への招待を受けて来ていたのであろう。出かけたのは4月16日である。

今からどちらへお帰りですか?ハンガリーのプラハです。それでその姿・・・。というのはボローニャでも雨が降るとまだまだ寒い。それが完全防寒、リュックを担いだ山姿である。

しかも小柄である。巨大なイラスト画とはちょっと想像がつかない風情を感じさせる人であった。もともとは油絵専攻で、こうした分野へも進出とのことである。元気でご活躍を、との言葉でお別れした。

メインホールの一角では、TV画面に作品を写し出し、それに関する作者とまわりの人たちとの意見交換会をやっていた。進行役の司会者は、主にイタリア語でしゃべっていた。

だが手をあげてしゃべる人は英語あり、その他さまざまである。多国語の行き交う討論会が成り立っているところに、他民族・多言語社会のヨーロッパにいることを実感させた。

原画展そのものは、ランク付けをするというより、素晴らしい作品だといったものが多数紹介されている感じであった。もちろん中には日本人の名前もあった。

そしていよいよ本の見本市の方へ進んだ。まず目に飛び込んできたものは、笑顔の子どもの映像である。子どもの誕生とその成長が喜びであり、そこに未来を託す大人の思い。

そうした大人の子どもへの期待の思いをひしひしと感じながら、絵本と子ども向けの作品を見てまわった。だが回りながら今の子どもと見本市を取巻く情勢の幾つかを考えることになった。

左下はカタログ表紙も飾った日本人女性作家、Iku Dekune(出久根 育)さんの作品
左下はカタログ表紙も飾った
日本人女性作家、
Iku Dekune(出久根 育)さんの作品。

奥では作家を囲んで意見交換会
奥では作家を囲んで意見交換会。

子どもは宝、だが現実の世界では!と思わずには居られない
子どもは宝、だが現実の世界では!
と思わずには居られない。

〈影を落とす社会の姿〉

■微笑みのない女の子

余りにもたくさんの本がならび、1つひとつじっくりとはいかない。以下は表紙の絵を見ながら私の感じたことがらである。

「私はわたし、水の旅、10匹の汚れた子豚」のように、個性ある自分や自我の主張、広い世界への気持ちの膨らみを持たせるもの等、こうしたものが多数並んでいた。

同時に目に触れた中で、大人の私たちが思わず考えさせられる本もあった。

◆「微笑みのない女の子」=髪の毛はほつれ、目は前を見つめながらも少しうつろな感じのする少女である。なぜこれ以上笑えない子どもになったのか、なかみは充分には理解していない。

しかし、現実にこうした子どもを見かけないわけではない。その理由はいろいろあるだろう。友だちとの関係、引き裂かれる親子との関係、はてはイラク戦争で報じられるような目の前で残虐な行為を見てしまった子どもの目であるとも想像がつく。

心から微笑み、そして笑える日々があることを祈りたい。そのためには安らかな思いができる、信頼に足りる周りの社会をつくることの大切さを訴えているように思えた。

◆「あなたのキャラメル欲しくない!」=眼からは涙がこぼれ、口はきりっと結び、食べるものかという様である。これは痛切な大人への抗議そのものではないだろうか。

欲しくない筈のないキャラメルが、何故に欲しくないのか。子どもは生まれた時からすでに1人の人間としての思いを抱きながら成長していく。

あちらにぶつかり、こちらにぶつかりながら、あるいは自分のわがままを確かめながら大きくなっていくのかも知れない。

それにしても、「あなたのだけは」欲しくないと言わしめるものは何だろう。それは昨日や今日だけではないかも知れない。

◆「あなたのパパをどうやって教育しようかしら」=ママが子どもに向かって「仕方がないわねえ。どうしようかしら」という声が聞こえて来そうである。

子犬までがたまりかねて子どもの味方をしている。それ程、まだまだイタリア社会では子育ての上で、あきれ返る風景が日常茶飯に見られるのであろうか。すでにこの社会で、晩婚、ないしは非婚・子どもを生まない、出生率の極端な減少を報告してきた。

もちろんそこには就職難や収入の問題、社会的な条件整備の不備も指摘できよう。しかしそれと同時に、日本の社会で苦労しながら作り上げてきたことを思い出す。男女が共に支えあい、子どもを育てていく、そうした共に育ちあう仲間づくりのことである。

このイタリア社会で、特に女性にとってはしっくり来ないところが多分に残っているように思えて仕方がなかった。

◆「啓蒙図書、人種差別・喫煙・薬物・アルコール・親の離婚の時」=こうした啓蒙図書がたくさん並んでいた。

その1冊に過ぎない。しかもイタリア語で販売されるこの本の内容が、この社会で直面している重要な課題であることには違いない。

移民労働者の流入に関わる人種差別の問題、女性及び低年齢層への喫煙の予想以上の広がり、以前から言われている薬物やアルコール飲用の広がり、親の離婚に伴う問題である。

イタリアで夫婦の実態をなしていない年数が3年を経過すれば、離婚が認められるようになった。離婚の権利を認めることと同時にそこに至るような実態を生まない積極的な社会的取組みの必要性を痛感した(注1)。

子どもの姿は、社会の姿を反映している。大人社会の姿の反映である。そうして子どもの育つ心に大人の姿が刻印されていく。自戒しながら、支えあう人々のつながりをどうつくり上げていくかを考えてしまった。

私はわたし、水の旅、10匹の汚れた子豚など
私はわたし、水の旅、10匹の汚れた子豚など。

微笑みのない女の子
微笑みのない女の子

あなたのキャラメル欲しくない!
あなたのキャラメル欲しくない!

あなたのパパをどうやって教育しようかしら
あなたのパパをどうやって教育しようかしら。

啓蒙図書、人種差別・喫煙・薬物・アルコール・親の離婚の時
啓蒙図書、人種差別・喫煙・薬物・アルコール・親の離婚の時

■商談

社会の姿は、子どもの姿への反映だけではないことはいうまでもない。まさしく社会そのものをこの見本市会場に映し出していると思った。

まず参加した企業の国名を地域別にあげてみる(主催者パンフで整理、注2)。

…………………………………………

アジア=イスラエル、イラン、インド、韓国、グルジア、シンガポール、台湾、タイ、中国、トルコ、日本、フィリピン、香港、マレーシア
(14カ国)

アフリカ=エジプト、ガーナ、ジンバブエ、セネガル、タンザニア、南アフリカ、モーリタニア、ルアンダ
(8カ国)

ヨーロッパ=アイスランド、アイルランド、イギリス、イタリア、エストニア、オランダ、ギリシア、クロアチア、スイス、スウェーデン、スペイン、スロバキア、スロベニア、セルビア、チェコ、デンマーク、ドイツ、ノルウエー、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、フェロー諸島(デ領)、ポーランド、ポルトガル、マケドニア、モナコ、モンテネグロ、ラトビア、ルーマニア、ロシア
(32カ国)

北アメリカ=アメリカ、カナダ、グアテマラ
(3カ国)

南アメリカ=アルゼンチン、ベネズエラ、ブラジル
(3カ国)

オセアニア=オーストラリア、ニュージランド
(2カ国)

(合計62カ国)

…………………………………………

国別では圧倒的にヨーロッパが多い。現在の出版事情をめぐる状況を反映している様子である。パビリオン別つまり参加企業による面積では、言うまでもなく、地元イタリアが多い。昨年実績では、展示企業は1,119であり、見学者は11,763人(外国に住所3,912人)である。感じたことの幾つかをあげてみよう。

◆この「ボローニャ子どもの本見本市」は「どのような役割をするのですか」との私の問いかけに、ある方は答えていた。

1つはこの会場そのものが商談の場になります。

例えば本を見た他国の方がその国での出版の話を持ってくる、もちろん言葉は翻訳で置き換えることになります。この商談が大部分です。2つ目はこの場ではこなせないので後日になりますが、原画の持込とその相談です。日本人でいえば、ヨーロッパにはけっこう留学生も来ていまして、ここに来るのもいます。

「今年の商談や、人の入りはどうですか?」に、次のような返事が聞かれた。

人はこれまでに比べて多くないです。去年はこの時期イラク戦争の開戦がありました。今年はそれとは状況は違いますが、やっぱり戦争の影響が背景にあるのでしょうかね。

同時に、ボローニャは子どもの本だけです。10月にドイツ・フランクフルトで開催される本の見本市は全分野にわたる見本市です。日本でも本の見本市が開かれるようになりました。そうした意味ではボローニャの見本市をどう位置づけるかも関係してきますね、と答えていた。

◆次に、東アジア、つまり日本・韓国・中国3国の様子についてである。

日本はこの分野ですでに一定の実績もあるというのか、企業防衛の姿勢なのか、最小限の態勢で各企業がそれぞれに取組んでいる様子であった。

これに対し、韓国はヨーロッパ市場へどう乗り込むか、打って一丸となった取組みである。企業数、派遣職員そのものの多さに違いが出ていた。この「ボローニャ子どもの本見本市」へ向ける韓国独自ポスターもその現れであろう。

中国はこの分野はこれからというのが素直な印象である。もちろんここでは限られた子どもの本であるからなお更である。ある日本の出版社の方は、色の使い方も原色が多く日本の30年前の感じですね、と言っていた。

◆中東地域からの参加企業はほとんどない。わずかにイスラエルとイラン・トルコである。もちろんイラクは無い。それだけに子どもと教育に関する厳しさを反映しているようであった。

イスラエルは展示会へ向けてポスターを作製し掲示していた。その特徴は、私には描いた作家の個性というより、子ども分野への力の及ばない様子、余裕の無さを感じさせるポスターだと感じた。

◆ある日本の編集者氏が語ってくれたことである。「こういう本、日本ではそれ程でもないですが、ヨーロッパでは引き合いがありますよ」と言って見せてくれた「かんがえる カエルくん」(いわむらかずお)の本である。極めてシンプルで、かつ確かに考えさせてくれそうな感じである。日本とヨーロッパの文化の違いに触れる感じがした。

商談?原画の売り込み?
商談?原画の売り込み?

韓国勢が共同で取組んだポスターの1つ
韓国勢が共同で取組んだポスターの1つ

「手塚治」も出展
「手塚治」も出展

こういう本ヨーロッパで引き合いがありますよ、とのこと
こういう本ヨーロッパで引き合いがありますよ、
とのこと。

ジェノバ2004、地図とプログラム
ジェノバ2004、地図とプログラム

〈ヨーロッパ文化首都ジェノバ 2004〉

最後に、子どもの本とは直接には関係ないが、この会場でも大きく紹介されていた「ヨーロッパ文化首都ジェノバ 2004」について少し触れておこう。

「文化首都」という表現は、EU・ジャパンフェスト日本委員会によれば次のような説明がある。

「真のヨーロッパ統合には、お互いのアイデンティティーとも言うべき、文化の相互理解が不可欠」との認識から「1985年より制度発足。以来、EU加盟国(当時EC)の中から都市を選び、1年間を通じて様々な芸術文化に関する行事を開催し、相互理解を深める」こととなった。市場統合なった1993年からは世界各国との交流が開始されている(注3)。

こうして2000年のミレミアムの年には、ボローニャを始め9ヶ所が特別に指定された。EUからの補助金はそれ程多くないにしても、これを機会に文化都市への刷新を図っていくのが目標であろう。

こうしてボローニャでは1999年の政権交代直後であったが、施設整備と多彩な文化行事が行われた。このあと1年2都市ないしは1都市の指定がされ、本年2004年はフランス・リールとイタリア・ジェノバの2都市である。

イタリアでは、1986年のフィレンツェ、2,000年ボローニャにつぐ、3都市目である。

察するところ、イタリア屈指の歴史的な港湾都市であり、かつ工業都市であったジェノバが文化都市への転換の舵をきるところに重要な意義を見出すことができよう。滞在中訪問ができるか微妙であるが、訪れてみたいところではある。

1年を通じて様々な行事が展開されるが、ここでは大きな項目のみ記しておこう(注4)。

[ジェノバ2004プログラムの項目]

開会、美術、音楽、劇・舞踊・創作、ジェノバ2004祭典、映画、科学と生産活動、児童、連帯する都市と社会、移民、歴史・伝統・領土、スポーツ、見本市事業、博物館・図書館、文化的遺産、に関する無数の行事が予定されている。


(注1)関連して、「ボローニャ、暴力の被害を受けない女性のための駆け込み寺」のことを紹介しておこう。現実に家庭で夫・男性による暴力を受けている実態から女性をどう守っていくかということから設置された。関係公所にしおりが置かれ持っていくことができるようになっている。そこには「女性がノーという時はノー」「助けが必要な時は次へ、女性の家、ボローニャ市の住所、電話、e-mail,インターネット」が記載されている。Fondazione Cassa Di Risparmio In Bologna,Casa delle Donne per non subire violenza より。

(注2)BolognaFiere, Bologna Children's Book Fair,14-17 April 2004.

(注3)http://www.eu-japanfest.org/homepage2002.jp/sub1_3.htm より。

(注4)Comune di Genova, Regione Liguria, Provincia di Genova, Universita di Genova, Camera di commercio Genova, Autorita Portuale di Genova e Ministero Beni e Attivita Culturali, Genova Capitale Europea della Cultura, GENOVA 04, 2003,


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