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『評伝 津川武一』

阿部誠也 著
  津川武一は大学時代の私のあこがれだった。
 
 大学紛争の渦中に行われた1969年(昭和44)の衆議院選挙で、東北の農村・青森2区にはじめて日本共産党代議士が誕生したとのニュースをすがすがしく聞いた。このとき共産党当選者は14人(解散前は4人)、その次の選挙、私が津川と同じ民主医療機関連合会に加盟する病院に職を得た1972年(昭和47)には、共産党は39議席に伸ばし、民主連合政府の実現も間近いのではと思わせた。
 
 津川について、当時とくに詳しく知っていたというわけではないが、単に医師であるだけでなく東大から郷土に帰り貧困住民の中に飛び込んだ医師であり政治家で、しかも作家でもあるということに惹かれたのだ。津川の著書『医療を民衆の手に』(民衆社)は当時の我々仲間の必読書であり、その表題はまさに、わたしたちの進路を指し示す座右の銘となっていた。
 
 その評伝が本書である。著者は、津川の研究家で、これまでにも数冊の書を著わしていて本書が集大成の意味を持つ。

 津川武一は1910年(明治43)の生まれ、家は代々造り酒屋だったらしいが、生まれた当時は没落して貧農になっていた。貧困の生活に進学は無縁のはずだったが、成績優秀なため周囲より進学を勧められ、家族も決断して東京帝大医学部に入学した。
 
 しかし、セツルメント活動や社会主義運動にかかわったため、卒業にいたるまでに9年を要した。戦後は青森県党の再建運動の中心となる。
 
 1946年(昭和21)衆議院選挙に立候補して落選、1947年(昭和22)津川診療所開設、1948年(昭和23)政令201号違反で逮捕され、最高裁で3ヶ月の実刑判決を受けた。1952年(昭和27)津軽保健生活協同組合健生病院誕生、ポリオから子供を救う活動に力を尽くす。
 
 1962年(昭和37)五十年問題で除名処分になっていたのを誤りであったと取り消され、1963年(昭和38)県議会へ、さらに1969年(昭和44)国会へ、結局5期13年国会議員を務める。
 
 国会では一貫して農林水産常任委員として、「米とりんごと出稼ぎを守る」ために活躍した。1988年(昭和63)、落選後2年目に膵癌にて死亡、78歳だった。

 いくつかのエピソードがある。東京帝大医学部に進学したとき、はじめて上京した父母との対面は獄窓を隔ててであった。非合法である日本共産青年同盟東京帝大班の機関紙「赤門戦士」を発行しつづけていたためだった。

 しかし、両親とも「共産党をやめろ」とは言わなかったという。1年7ヶ月入獄して大学は退学処分となった。それでも学業に復学できたのは幸いだったが、それは「転向」によるためでもあった。この「転向」がなければ津川は医師になれず、異なった一生になったはずというのも人生の皮肉である。

  津川の母に寄せる愛情がひと通りではない。
 
 1955年(昭和30)読売新聞小説賞佳作に入選した『農婦』(民衆社)は、きびしい風土の中で米づくりに格闘しながらたくましく生きる農婦の姿を、進学を支えてくれた母にダブらせて描いたものだ。
 
 この賞で自信を得た津川は、作家になるか医師になるかを本気で迷ったようだが、結局政治家になってしまった。離婚もあった。小地主の娘であった最初の妻とは13年後に離婚、同じ診療所の看護婦として働いていた女性と結婚する。このとき武一40歳、妻30歳だった。

  精神科教授から破門されるという憂き目にも会った。
 
 1942年(昭和17)「中央公論」に掲載された石上玄太郎の小説『精神病学教室』で批判的に描かれた内村祐之主任教授は、てっきり石上とは教室員である津川のペンネームだと思い込んだためだった。
 
 小説には二人しか知らない事実が書かれていたからだが、これは津川が親友の石上に語っていたというのが真相らしい。こうした理由から、戦後になっても東大精神科教室からは医師を派遣してもらえなかったという。

本書は、評論としては津川に寄り添いすぎでもっと批判的な見地がほしという読者がいるかもしれない。私もそれは感じるけれど、それだけ津川武一が傑出した人間だったということであり、ひとりの歴史上の人物について資料を丁寧に検討して整理しまとめあげたものとして、本書は手塚英孝『小林多喜二』上・下(新日本新書)のように後世に残る評伝なのだろうと思う。
『評伝 津川武一』
『評伝 津川武一』
阿部誠也 著
北方新社
発行 2005年9月
本体価格 1800円+税



 筆者紹介
若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。
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