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『映画で読み解く「世界の戦争」』
佐藤忠男著
 著者の自由でまっとうな映画評にはいつも教えられている。本書は、「戦争」を軸にしてその周辺に位置する映画をとりあげ、その映画の伝えようとする思想を、時代、政治体制、監督の特性等から検討を加えたものである。

「戦争映画は、政治と商業、欲望と理性、芸術と娯楽とが交錯するところでつくられる。」だから、アクションものとして楽しませているかと思うと、反戦思想が部分的に込められていたり、しかしまた、大義のない戦争だったが果敢に戦った立派な主人公がいたなどという矛盾したテーマの作品だって沢山ある。

 著者は、一口に「戦争映画」とよぶのをさけて4つの型に分類している。(1) 戦争プロパガンダ映画、(2) 娯楽としての戦争映画、(3) 反戦映画、(4) 謝罪、許し、和解の戦争映画の4型。 (3) と (4) の違いははっきりしないが、著者は、(3) の反戦映画はたいていの場合、戦争が終わったあとに作られ、「自分は戦争に賛成ではなかったが巻き込まれてひどい目にあった、という泣き言が多い」といい、あまり高く評価していない。真に必要なのは、戦闘場面もないCのような映画ではないかという。

 こうして、第二次大戦からベトナム戦争を経て現在まで、中近東イスラム圏の映画からアメリカ・ヨーロッパ・日本の映画にいたるまで縦横に論じられている。ここでは、私の印象に残った二つのことについて紹介しよう。

 著者は、十五年戦争下の日本の映画人たちはいくつかに分けられるという。積極的に戦争を支持した人…(傾向映画の旗手だった)内田吐夢監督、積極的ではないが大真面目に戦争に協力した人…山本嘉次郎監督、田坂具隆監督、豊田四郎監督、適当に協力した人…(「ひめゆりの塔」などで戦後民主映画の旗手と目された)今井正監督、協力するつもりはあってもうまく協力できなかった人…小津安二郎監督、木下恵介監督、五所平之助監督で、戦争反対の意志を持っていた人、すなわち戦争反対を表現して逮捕された映画人は、批評家の岩崎昶と亀井文夫監督の二人だけだと断定する。

 このように戦争中には、戦争に協力する映画を作っていた大多数の映画人は、戦後、それぞれにニュアンスの違いはあったが、アメリカ軍の指導に従って、態度を変えて「民主主義」的映画をこぞって作ったのである。このことは、映画人たちもまた、多くの日本人と同じような浅い思想経路をたどったのでしかないことを記銘しておく必要があるだろう。

 もうひとつは、ルイ・マル監督についての記述が興味深い。「さよなら子供たち」(1988年、仏)は、第二次大戦末期のドイツ軍占領下、裕福な子供だけが集まるフランスの寄宿学校で学ぶ12歳の少年が、親しくなったユダヤ人の少年と神父がゲシュタポに連行されるのを見送る話である。それは、寄宿舎にコックとして雇われていた貧しい少年が密告したからであった。主人公の裕福な少年は、ルイ・マル監督自身であるという。

 監督の目は、迫害に協力する自国の少年のこころの貧しさにも向けられていた。その証拠に、監督はすでに「ルシアンの青春」(1973年、伊・西独・仏合作)で裏切り少年のその後を描いてみせていたのだった。ここに至って、戦争映画は、戦争に協力した人間を、冷徹にしかし一掬のいとしみをもって描くほどの成長をみせているのだ。先に分類したCの映画が、数は少ないが現われはじめている。
映画で読み解く「世界の戦争」
『映画で読み解く「世界の戦争」』
佐藤忠男著
ベスト新書
本体価格 680円
発行 2001年12月



 筆者紹介
若田 泰
医師。京都民医連中央病院で病理を担当。近畿高等看護専門学校校長も務める。その書評は、関心領域の広さと本を読まなくてもその本の内容がよく分かると評判を取る。医師、医療の社会的責任についての発言も活発。飲めば飲むほど飲めるという酒豪でもある。
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