せいし君の土佐日記
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☆07/15更新☆
第60回 恐怖感と衝撃が睡魔を・・・
 私は、映画や芝居が好きなのである。
 高知市民劇場という観劇サークルでは、2月に一度、感激している。
 映画は、月に1本程度は見ている。また、「高知バリアーフリー映画会」では、映画をみんなで楽しもうという企画もしている。
 ただ、難点もある。役者の名前を覚えることはほとんどないのである。また、芝居ではたいがい一幕の半分ぐらいはいびきをかいているようである。いつかは、臨席の人に「出て行ってください」と起こされたこともある。

 この5月は感動する芝居と映画に出逢うことができた。
 芝居は、原作/浅田次郎 劇団文化座公演 『天国までの百マイル』です。母の命を救うため、天才的な心臓外科医がいるというサンマルコ病院をめざし、奇跡を信じてオンボロの車で百マイルの道のりをひたすら駆ける。という単純なストーリーだが、なんだか感動して二度劇場に足を運んでしまった。

 映画はキム・ジフン監督作品『光州5・18』。1980年5月18日 舞台は隣国の光州。クーデターによって作られた軍部政権に対して、学生たちによる民主化運動は大きく広がっていた。軍政権は非常戒厳令を全国に敷いていた。学生のデモ隊を鎮圧するために軍は、「華麗なる休日」という作戦を行った。輸送機の中で、「北に攻める」と上官が言うが、輸送機は南へと。
 主人公たちは、映画館でコミカルな映画を鑑賞していた。その頃、外では大変な事件が起こっていた。ノンポリの主人公の親友は軍によって殺される。そして、弟は彼の目の前で殺されてしまう。彼は、市民軍の一員として立ち上がる。

 市民軍の最後の抗戦となった5月27日午後3時「市民のみなさん!いま、戒厳軍が光州市に突入してきました。愛する兄弟姉妹が戒厳軍の武器に倒れています。みなさん、最後まで戒厳軍と戦いましょう。私たちは光州市を死守しましょう。私たちを忘れないでください。私たちは最後まで戦います。・・・」
 戒厳軍が学生や市民を棍棒で殴り殺す。私の目に焼き付いています。まるで次は自分がたたかれそうな恐怖感が襲ってきた。

 隣国には兵役の義務があるとか。多くの市民は、兵役があるので銃を持つことに抵抗感がないように見えました。また、市民軍のボスに、元部下である戒厳軍の幹部が降参を迫りますが、ボスは降参せずに最後まで戦い続けるのです。
 2時間というものがこんなに短く感じたのは初めてであった。冒頭から最後まで涙が止まることがなかった作品も初めてであった。

 1980年、私は小学生だった。こんな事件が隣国で起きたことなど知らなかった。大平首相が急死し、山口百恵が引退・結婚したという年だったとか。国際障害者年の前年でもある。いや、もう一つ思い出した。ソ連がアフガンニスタンへ侵攻し、モスクワオリンピックをボイコットした。もしかしたら第3次世界大戦が始まるのかと思っていたことを。

 私の記憶にあるのは、天安門で学生が同じようなことをされたのがある。民主的な社会を求める若者に、なぜ、銃口が向くのか。私には理解できないことである。
 この国ではこんなことをさせてはいけない。でも、この映画を見たとき、この国でも起きるのではないかという恐怖感も起こったことが、もっと怖いことである。
 正しい、真実だから感動が大きかった作品であった。

ちょっと待ってね
 筆者紹介
松本誠司
1968年、高知県室戸市に生まれる。障害者の生活と権利を守る高知県連絡協議会の事務局長であり、全国障害者問題研究会全国委員でもある。脳性小児麻痺2級の障害を持つ。養護学校高等部卒業後、クリーニング店勤務、共同作業所などに通う。週1回のホームヘルプサービスを利用し、一人で暮らす。笑うと一文字になる目があくまでやさしい、パソコン教室の先生でもある。
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